フード風土 59軒目 そのまま。
よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。
彼女の歩みとバターの香り
新店が次々とでき、街ぐるみで盛り上がる杭瀬にパン屋「そのまま。」がオープンしたのは2020年秋のこと。早くも地元民に欠かせない人気店になっていると聞き、訪ねてみた。
印象的な店名は、シンプルな自然派志向のパンという意味かと思ったら、「ドライブスルーみたいに、買ってすぐそのまま食べられるというコンセプトなんです」とオーナーの中森貴子さん(38・写真左)。大阪・弁天町で「モリパン工場」を経営し、カフェやレストラン向けに製造・卸販売をしながら、初の実店舗を杭瀬に開いたというわけだ。
材木店の倉庫を借り、街角のバス停のようにリノベした店先のベンチ。店長の高城沙弥香さんが淹れてくれた自慢のコーヒーをいただきながら聞いた中森さんの歩みがまず面白い。
十数年前、地元・豊中のスーパーのパン屋で販売のアルバイトをしたのが始まり。パン作りに興味を持ち、心斎橋の個人店、デパート内の大手パン店、レストランのセントラルキッチンなどを渡り歩いて修業した。
「冷蔵室にこもってクロワッサンの生地に使うバターを一日10時間、ひたすら折る作業をしていた時期もあります。体が冷えきって大変でした」。
独立し、自転車での配達販売を経て、弁天町の古いビルに「ひみつのパン工場」をイメージしたモリパン工場を開いたのが3年前。今では、女性ばかり10人が働く工場の自称「ジャムおじさん」的存在となった。
それが杭瀬に出店したのは、コロナ禍と人の縁だった。
「飲食店の営業制限が続けば、こちらにも影響が出るので、自分たちでも売って行こうと。前から店をやらないかと声をかけてくれる人が杭瀬にいて、今だ!と思い立ったんです」。
特上・上もり・そのままと3種類ある食パンも、地元の食卓に欠かせない人気商品。高城さんが淹れるコーヒー(180円~)も、その場で飲める。
店の看板商品に考案したのが「そのまま棒」というスティック状のパン。プレーン、シナモン、ウインナーなど5種類で100~200円。片手ですぐ食べられる手軽さに、地元客はもちろん、宅配便ドライバーや自転車ツーリングの人たちも買いに来る。安くて種類豊富だから手土産にもちょうどいい。取材している間にも、近所のお年寄りが何組も買いに来た。
「実は、クロワッサンの生地と同じ作り方なんです。あの過酷な修業がここで生きました」と微笑む中森さん。香り立つバターと彼女の歩みが、まさに「そのまま」練り込まれた、杭瀬の新名物なのである。■松本創
59軒目 そのまま。
杭瀬北新町2-1-1
8:00~17:00(売切次第終了)
月休 TELなし