フード風土 56軒目 うどん・そば やすだ

よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。

駅そばは町と時代を語る

阪急そばが消滅した。1967年、関西私鉄初の駅ナカ立ち食いとして十三駅に登場した同店は、園田、塚口、武庫之荘の尼崎市内3駅すべてにあった。園田は閉店、残る2店は経営譲渡され、「若菜そば」となった。二十歳前後から約30年常食してきた俺の愛する紺の暖簾は、平成とともに降ろされた。

それは改元よりもずっと、抗い難い時代の波を思わせ、自分の中でも何かが終わったと感じる出来事だった…と沈んでいたら、「今回は駅そばを取材しましょう」と提案された。望むところだ。

訪ねたのは、JR立花駅北口すぐの「やすだ」。駅そばを見つけると、とりあえず入ってしまう性分ゆえ、今までにも何度か食べ、豊かなだしの味わいに一目置いていた店である。

実はここ、尼崎で麺作り一筋71年になる「安田製麺所」の直営店。昭和の終わり頃にオープンして30年余り、朝夕の通勤客や駅前のパチンコ店の常連さんに愛されてきた。

昼下がりに行くと、おばちゃんがてきぱき働いていた。岡本喜代美さんと片山まさみさん。駅そばは急ぎの客が多く、カウンター内の連携プレーが極めて重要なのだが、2人はしゃべりの息もばっちりだ。「あんた、ここ来て何年?」「8年や。よう働くでえ、この70代コンビは」「歳まで言わんでええわ」。

スタミナそば340円。バラ寿司220円。そば・うどんともメニューは20種以上でトッピングも可。天ぷらそば+揚げ、かすうどん+わかめがお勧めという片山さんは、駅前の花の世話もしている。「花を盗らんといてと書いといて~」

スタミナそばを注文すると、数十秒で出てきた。天ぷらに生卵を落とす俺の駅そばの定番。かやくのおにぎりと、お勧めのバラ寿司も付けて。

「うちのだしは、カツオと煮干しにシイタケも使うから、味がやさしいねん」と岡本さん。毎朝3時半からだしを炊き、具材やご飯物の仕込みをするという。なるほど、あっさり薄味ながらも奥行き深い味わいは、そのためか。工場から毎日届く麺の品質は言うまでもない。一気にすすり上げ、つゆを飲み干し、バラ寿司をかき込む。駅そばは、脇目も振らず慌ただしく食ってこそ、うまいのだ。

一息ついた頃、隣の女性客が2人に話しかけた。実は、夫がこの店の常連で、おいしいといつも聞いていた。最近体調を崩して来られない夫の代わりに、初めて来たのだという。

「いつも自転車で来る園田のおっちゃん?心配しとってん。また来てな~言うといて」

阪急そばはなくなっても、駅そばを愛する同志は町のあちこちにいるのだ、と嬉しくなった。■松本創


56軒目 うどん・そば やすだ

立花町 1-4-14
6:00~23:00
無休(正月と盆は休み)
06-6423-2648