THE 技 まるでピアノの総合病院

ものづくりのまち尼崎に息づく匠の技の数々。最先端技術、職人技、妙技、必殺技…。
アマから繰り出されるワザに迫る

午後の日差しが降り注ぐ工房に足を踏み入れると、ちょうどアップライト型のピアノの解体修理が始まったところだった。前板、鍵盤蓋など茶色の木目が美しい外装部を慎重に取り外すと、今度は鍵盤やハンマーのついたアクション部分を次々と取り外していく。鍵盤を外して現れたピンを一瞥して「錆を落とさないとな…」とつぶやいたのが、今回の技の持ち主の寿二郎さん(62)だ。

外しながら見えてくる部品の状態を確認したり、必要に応じて加工もやっていく。先ほどの錆びていたところは、鍵盤の支点となるバランスピンと呼ばれる部品だった。どうやら10数年間弾かれていなかったらしく、寿さんが紙やすりで1本ずつ磨き始めると、緑青が落ちて真鍮本来の光沢を取り戻した。

寿さんは、ヤマハの技術学校卒業後、ピアノ専門の運送会社に調律師として就職した。「ピアノを運んで据え付けて調律する仕事。傷がついたら修理もするし、何でもやりました」。最終的には補修用の塗装まで任され、調律師でありながら修理全般の技術を身につけた。病院に例えるなら、一人で総合病院を名乗っているようなものだ。10年前に独立し、昨年には杭瀬で母がタバコ屋をしていた建物を自宅兼工房に全面改装した。総合病院にふさわしく、木工機械や塗装室、防音室まで完備している。

ピアノ修理で培った木工技術で、テーブルやイスなどの家具や箸、スプーンなどの道具もつくり始めた。寿さんの仕事の特徴は、どんなに小さな部品でも勘に頼らず、しっかりと図面を書くこと。建築図面を書く私から見ると、それは逃げのない設計だ。例えば、壁板を貼る際には、材木の長さが不ぞろいになっても端を巾木で隠して調整しろを取るのだが、寿さんの仕事にはそれがない。「形を思い描きながら作り方を考えるのは、ものづくりの基本」と語る口調は穏やかそのものだが、そこには精度への厳しさと、作業の段取りに対する姿勢が宿っている。「仕事とは、段取りが9割である」と誰かが言った言葉を思い出した。


取材と文/岡崎勝宏(おかざきかつひろ)
大工さんと間違えられる設計士