フード風土 61軒目 TERRAS

よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。

街を照らす「三方よし」のベーカリー

「三方よし」という言葉がある。売り手よし買い手よし、そして「世間にもよし」を説いた近江商人の教え。これを尼崎で体現する店ができ、街の風景が変わりつつあるという。昨年9月、阪神出屋敷駅の北側にオープンしたベーカリー&カフェ「TERRAS」である。

瀟洒なビルの一階、ガラス張りの広々した空間。一番人気の「噂のクロワッサン」450円をはじめ焼きたてパンが毎日約50種類並ぶ。菓子パンとおかずパンそれぞれに合わせた厳選コーヒーは410円。素材と品質にこだわる分、値段はやや高めだが、そんな店こそ街に必要だったとオーナーの松本優賀さんは開店までの歩みを語る。

職人が研究を重ねた発酵バター香る「噂のクロワッサン」と、同じ生地を使った「噂の明太デニッシュ」。ハンバーガーなどのおかず系も充実。

「うちは母方の家が古くから出屋敷で、わたしは小4の時に姫路の田舎から移ってきたんですが、最初はカルチャーショックでしたね。同級生たちはやんちゃだし、駅前でお酒飲んで寝てるおっちゃんがいるし」

昭和の時代から続く下町の飾らない空気。長く暮らすうちになじんできたものの、一方で課題も見えた。一つは自分自身が経験した子育て環境の不足。

「同世代の子を持つママたちが集まる場所がなかったんですよ。西宮に住んでいた時は近所においしいパン屋さんやカフェがあって、そこから出会いや交流が広がった。おしゃれな店だと気分も上がりますしね」

そんな場所を出屋敷にも作ろうと、建設予定だった高齢者マンションの一階に出店を計画した。実は松本さんの実家は、高齢者向け施設をいくつも運営する社会福祉法人。自身も20年以上勤める幹部職員だ。介護などの高齢者施設を身近に感じてもらおうと、近年は飲食店を併設する事業に力を入れている。

「開業が決まれば周辺の駅前や道路を自主的に改修・清掃します。自分たちの施設や店だけじゃなく、地域全体をきれいに保ちたい。利用者のためにも、働くスタッフのためにも」

出屋敷の駅前広場は、法人の会長である松本さんの父親の寄付で全面リニューアルされた。TERRASは「街を照らすベーカリー」をめざす。地元を、人びとの気持ちを明るくする場所でありたい、と。

SDGsだCSRだと流行り言葉を唱えずとも、三方よしで街に貢献する人たちがいる。「噂の明太デニッシュ」190円の味わいとともに新たな出屋敷のイメージが心に刻まれた。■松本創


61軒目 TERRAS

宮内町1-23-1
9:00~18:00月休(月が祝日の場合は翌日)
TEL:06-6412-0001