論:「森構想」を利用しよう 神戸新聞編集委員 加藤 正文
最近、メダカを飼い始めた。ペットショップで買ったヤワな品種ではない。阪神工業地帯のド真ん中。関西電力の火力発電所で生まれ育ったツワモノである。
発電所とメダカ
一世紀にわたって日本の工業を支えてきた発電所。「国内一の発電量」という栄光の時代もあるが、公害という負の遺産もある。光と影を一身に宿した工都のシンボルは今、取り壊しの真っ最中。その工事現場で出会ったのがメダカたちだった。
関電によると、側溝や浄化槽にかつて放したものが自然に繁殖したという。しかし、高煙突も建屋も撤去し、最後は更地にする。春は見事な花をつけるサクラの木も切られ、メダカのすむ側溝も埋められてしまう。電力需要の低迷から廃止された発電所。産業構造の転換という大きな波に、小さな命はまことにはかない。
森と水と人
この臨海部一帯を「森と水と人が共生するまち」に変えるプロジェクトが動いている。兵庫県、尼崎市による「尼崎21世紀の森構想」。環境の世紀を切り開くモデルを尼崎から世界に発信するーとうたう。
対象は臨海部一千ヘクタール。百年かけて森を育てて環境を回復させ、産業の育成・高度化も進めるという。競技用プールや集客・交流施設の整備に力を注ぐ姿勢もみえるが、理念そのものは素晴らしい。とはいえ、関心はいまひとつ。臨海部になじみの薄い市民がほとんどという現状では、仕方のないところだろう。
工場をどう生かす
隔絶された工業地帯だが、塀の裏には「プロジェクトX」張りのドラマがたくさんある。ガラス産業の発祥の地である旭硝子関西工場。プラズマや液晶のディスプレー用基板の中核拠点に変身している。住友チタニウムは世界首位のチタンメーカー。釘づくり最大手のアマテイも元気だ。住友金属工業のパイプもすごい。生産現場はものづくりの醍醐味を感動的に伝えてくれる。
といっても企業秘密いっぱいの工場群を開放的な工場公園にすぐに転換できるはずはない。そこで「森構想」の登場だ。行政に加え、当代一流の学者とコンサルタントがついている。ここで妙案と少しの資金をひねり出せないか。「老朽化している」と企業側が嘆く施設が、素人からみれば「素晴らしい」となれば最高だ。森構想の新しい展開にもつながるだろう。マイナスをプラスに変える―。各地のまちづくりの成功事例が教える教訓だ。
たしかな動きがみえてくるまで、うちのメダカも何とか生き延びさせたいのだが…。
加藤 正文(かとうまさふみ)
1964年生まれ。神戸新聞経済部で金融、経済界、復興などを担当。
関心あるテーマは再開発、ニュータウン、工業地帯など。尼崎市在住。