店継ぐ人 祖母の銭湯継いだ夫婦の話

街の灯りを絶やさぬために、お店を継いだ二つの物語。尼崎はこんなバトンタッチが起こる可能性に満ちている。

そこは、阪神杭瀬駅から南1分にある「ゆ~もあらんど福栄」。初代の店主は今は亡き祖母の横井初子さんで、早くに夫を亡くした彼女は、長年女手一つで街の銭湯を守ってきた。当時から「自分の代で終わらせる」と周囲には話していたが、亡くなる直前に「やっぱり継いで欲しい…」とつぶやく。その言葉に、母・敬子さんが「銭湯を残す」ことを決断。その母を助けようと6年前に孫の奈緒子さん(39)が夫婦で大阪から移り住んだ、という母娘三代の物語である。

街場の銭湯が転職先

「ちょうど転職を考えて、仕事を辞めたとこだったんで」と、夫の増井隆行さん(38)に気負いはない。「『継ぐ』というより、とにかく銭湯を開ける!という感じ」と奈緒子さんが当時を振り返る。

いきなり飛込んだ銭湯業は「最初の1年は大変でしたけどねぇ…銭湯の設備ってスイッチ一つで出来る仕組みではないので」と、穏やかかつ丁寧に隆行さんの話は始まった。

営業時間は、朝6時から深夜1時までの19時間営業。しかも年中無休。接客はパート従業員の4交替制。設備担当は隆行さん、従業員のフォローや経理面は妻の奈緒子さんが見ている。

従業員と店を継ぐ

先代の頃から働く従業員も多く、「私たちが継いだ時に、最初に『前より絶対いい店にしたいから』と伝えたんです」とは奈緒子さん。先代は良くも悪くも「従業員任せ」だったようだが、増井夫妻は「困ったときはすぐ駆けつける」と、経営者としての気配りを欠かさない。

8人ほどの従業員がいるので、接客のムラがないよう、今まではなかった「接客マニュアル」も作った。でも、お客さんとの人間関係も大切と思い「自分のファンを作ってね」とも言っているそうだ。

がっかりさせないために

そして何より気をつけているのは、年に5~6回ある設備メンテナンスの臨時休業。日程が決まれば、常連客が間違って来店しないよう、店内に案内を貼ったりメモを渡したり、さらに口コミで伝えてもらったり。年配の常連さんにはアナログが一番。「とにかく臨時休業日に来てしまって、がっかりさせたくない」という。銭湯通いが生活リズムになっている人たちを裏切らない、どこまでもお客さんファーストな意識が素晴らしいのだ。

同業者が減りつつあるなか、飛び込んだ世界。「これまではとにかくお店を回すことに集中してきました。これからは少し視野を広げて銭湯だからできる新しいことに挑戦したい」という隆行さんは語り口こそソフトだが、湯を沸かすほどの熱い想いを垣間見た気がした。


ゆ~もあらんど福栄 杭瀬南新町1-2-1 TEL:06-6489-3986 6:00~深夜1:00 年中無休
twitter @sentofukuei 中の人は若女将・奈緒子さん。たまに趣味のマンガやメタルのつぶやきに反応する若者が遠くから来店することも。