3時の働くあなた

新聞販売所

新聞配達は時間との戦い。絶妙のチームワークで折り込みをすませて、バイクに積み込みそれぞれの配達先へと走る。

「もう奇跡とは言わせない」−ラグビーワールドカップ2019日本大会で日本がアイルランドから大金星を挙げたこの夜、毎日新聞上ノ島販売所前では、午前2時すぎから1人の男が普段と変わらぬ様子で、いつも通りに立っていた。

男の名前は松川邦夫さん(64)。新聞配達歴32年の大ベテランだ。松川さんは朝刊を積んだトラックを待っていた。午前2時40分には男性3人と女性1人の4人が集合し、トラックが着くや否や新聞の束を降ろしていく。

「今日の天気は…晴れになってるで」と中をチラ見しながら朝刊一つひとつに広告チラシの束を挟みこんでいく。これは松川さんらがお昼にセットしたものだ。

凄いスピードで松川さんは朝刊にチラシの束を挟みこんでいく。1部に1秒かかっておらず機械のようだ。

この間、唯一の女性、小倉さんが販売所前の自動販売機に朝刊をセッティングしていく。毎日新聞、スポーツニッポン、日本経済新聞の3紙で10部ほど。

午前3時までに、仕事の都合などでどうしても朝早くに新聞を入れてほしい世帯やコンビニエンスストア向けの第一陣が出発。第一陣が配達を終える午前3時25分までに5人目の配達員が出勤してきた。これから朝5時までが本番だ。

松川さんは昭和30年生まれの64歳。山口県出身。電子部品メーカーで働いていたが、販売所の経営者になるため32歳で転職し他紙の販売所に正社員として務めた。時代はバブル絶頂期。当時は販売所を持てば「5年で1億円の家が買えた」らしい。

時は流れ、新聞を取らない家庭が増えた。インターネットの影響だけでなく、「年金生活なので」「もう小さい字は読めない」といった高齢化による理由もあるという。

松川さんは16年前にその販売所を退社し、知人の誘いで上ノ島販売所へ。当時、2000件あった上ノ島販売所の配達先も今では半減。来年、塚口販売所に統合することが決まっている。

配達員一人当たりの配達数は単純計算で200件強。果たして配達先は全て頭に入っているのだろうか? ここで活躍するのが順路帳、通称「テキ」だ。

順路帳には記号で配達先の順路を「前進」「二ツ又を右」「真向かい」「戻る」など細かく記載しており、1つズレるととんでもないことになりそうだが、テキがあれば素人でも配達できるという。

新聞配達でツライのは雨と雪なのだそうだ。理由は滑るから。「単車に200部は積めるけど150部にしてる。危ないからね」。

毎日、新聞を待っている人に確実に届けることを大事にしているという松川さん。取材後、自宅に届いた毎日新聞を思わずいつもより丁寧に読んだ。

この日のお夜食
「夜食は食べない」

「食べたら動けないから」と1日2食。朝刊配達後にサンドイッチなどの軽食を取って仮眠。夕刊配達後にゆっくりと食事。この日の松川さんの夕食は「卵を落とした鍋焼きちゃんぽんとおにぎり。それと日本酒一杯だけ」


取材と文/立石孝裕(たていしたかひろ)
父親がスポニチに勤めてました。