3時の働くあなた

居酒屋ひよし

懐かしの歌謡曲が流れる店内。焼鳥はもちろん、もやし炒めをたまごでくるんだ「もやしロール」(400円)など創作系メニューも充実。

決して広くはない店内。カウンターには常連客が2~3組。奥では5人組のグループが盛り上がっている。囲んでいるテーブルは昔懐かしいゲーム筐体だ。店をおもにひとりで切り盛りする女将さんはてきぱきと働き、店内には料理や飲み物を注文する声が交差する。一見するとどこにでもありそうな飲み屋の風景だ。ただしこの店の営業時間が深夜12時から朝7時であることを除いては。

午後11時過ぎ、取材先にむかうタクシーで、「阪神尼崎のひよしへ」と告げると心得ているようで、店の前に車をとめてくれた。遅くまで開いていることでタクシー業界でも有名なのだそうだ。

35年前にお店をオープンした時には夕方から営業していたが、徐々に開店時間をずらすうちに今の営業時間になったのだという。女将の古屋百合子さんは27年前に「忙しいから皿洗いをしてくれ」と言われ、ちょっと手伝うつもりが今に至っている。

ディープなお店で常連客ばかりかと思いきや、そうではない。サラリーマンは少ないものの、周辺の飲食店スタッフをはじめ新しいひとや若いお客さんもよく来るそうだ。お客さんの多くは「ここに来るとほっとする」という。「ここでしか言えない」と悩み事を打ち明けたり、愚痴をこぼしてもカウンターの中から絶妙の距離感で対応してくれる百合子さんに甘え、「お母さん」と慕う若者も少なくない。

焼き鳥からはじめて工夫しながら増やしていったという豊富なメニューは、どれも美味しい。それもそのはず、実は旦那さんである知さんが仕入れと仕込みを毎日欠かさずしており、常に新鮮な食材が食べられるのだ。

知さんは午後2時ころから夕方5時頃にかけて仕入れと仕込みをした後、一度帰宅して仮眠をとる。百合子さんが店を開けた後、深夜3時頃(忙しければ連絡をしてもっと早く)に店に来て、一緒に後片付けをして帰宅する。こんな生活を30年近くも続けているという。ふたりの間にはしっかりと分業がなされており、なおかつお互いの仕事に敬意を払っている様子がうかがえる。取材中には「お父さん」の話が何度も出てきた。野暮だと思いつつ、「もっと一緒の時間を過ごしたくないか」とたずねると、「お店で会ってるから。それにやっぱりちゃんと寝てもらわんと」と返ってきた。サラリーマン/専業主婦の組み合わせとは異なる働き方、夫婦のあり方がここにはある。

どちらかといえば無口だが、毎日店に迎えにくる知さん。「おかあちゃんやから」と甘やかしてくれるお客さん。一見過酷に思える深夜の営業だが、ここに集まる人たちの心優しさが、店には溢れているように思えた。

この日のお夜食
「焼き魚」

「お店やっている間は食べないね」という女将。出勤前に焼き魚を食べてきた様子。


取材・文/ながいじゅんいち
神戸山手大学講師。専攻は社会学、文化社会学、メディア論など。あとロックフェス!