流れる歴史をとらえる 尼崎クロニクル
旧 石 器 |
日本列島に人が住み始める | |
縄 文 |
狩りや漁での生活が始まる | |
弥 生 |
BC300 | 上ノ島で稲作が始まる |
田能で人々の生活が始まる | ||
古 墳 時 代 |
239 | 卑弥呼が魏に使いを送る |
350頃 | 大和朝廷が国内をほぼ統一 | |
400頃 | 水堂古墳が作られる | |
飛 鳥 時 代 |
593 | 聖徳太子が摂政となる |
645 | 大化の改新 | |
700頃 | 猪名寺が建てられる | |
701 | 大宝律令が制定される | |
奈 良 時 代 |
710 | 平城京に都を移す |
720 | 日本書紀ができる | |
752 | 東大寺の大仏ができる | |
756 | 長洲、浜、潮江あたりが東大寺領猪名荘となる | |
785 | 神崎川が開削される。この頃、河口の河尻泊が栄える | |
平 安 時 代 |
794 | 平安京に都を移す |
1016 | 藤原道長が摂政となる | |
1100頃 | 大江匡房が神崎は天下第一の楽地と『遊女記』に記す | |
1167 | 平清盛が太政大臣になる 名月姫の伝説はこのころ? |
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1185 | 壇ノ浦の戦い(平家滅亡) 義経が大物浦で大風を受ける |
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鎌 倉 時 代 |
1192 | 源頼朝、鎌倉幕府を開く |
1221 | 承久の乱 | |
1223 | 千本釈迦堂へ成金が材木を調達する | |
1230 | 平野将監が延福寺の討ち入りに参加する | |
1250 | 富松郷、浜郷が春日社に寄進 | |
1287 | 一遍上人が尼崎で布教 | |
1334 | 建武の新政 | |
室 町 時 代 |
1338 | 足利尊氏、室町幕府を開く |
1467 | 応仁の乱が起こる 尼崎若衆が大内勢と交戦 |
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1475 | 大風と津波により尼崎で多数の家と1000余人が波にさらわれた | |
1531 | 細川高国と細川澄元が大物で交戦した(大物くずれ) | |
1543 | 種子島に鉄砲を伝来 | |
1549 | キリスト教伝来 | |
戦 国 | 安 土 桃 山 時 代 |
1560 | 桶狭間の戦い |
1567 | ポルトガル人ルイスフロイスがキリスト教伝動のため尼崎にくる | |
1569 | 尼崎衆が織田信長に敗れる | |
1575 | 猪名川堤を義民三平が切って村を救う | |
1579 | 荒木村重の一族が七松で信長に虐殺される | |
1582 | 豊臣秀吉が広徳寺へ逃げ込む | |
1590 | 秀吉が全国統一を果たす | |
1594 | 尼崎一円で検地が行われた | |
江 戸 時 代 |
1603 | 徳川家康、江戸幕府を開く |
1617 | 戸田氏鉄が尼崎藩主となり、尼崎城築城工事始まる | |
1630頃 | イワシ漁に尼崎西宮出身の漁夫が活躍する | |
1639 | 鎖国令の完成 | |
1640 | 契沖が尼崎で生まれる | |
1669 | 尼崎藩主青山氏による新田開発。道意新田が開かれる | |
1680 | 徳川綱吉が将軍となる | |
1691 | オランダ商館長ケンプェルが尼崎城を見て絶賛する | |
1700頃 | 尼崎町で生魚問屋が営業。綿となたねの栽培もさかんに | |
1703 | 近松門左衛門が「曽根崎心中」を著す | |
1716 | 徳川吉宗が将軍となる | |
1729 | 尼崎を象行列が通る | |
1750 | 市域の村で水争いがたびたび起こる | |
1831 | 城下や村々でお蔭おどりがはじまる | |
1833 | 天保の大ききん | |
1853 | ペリーが浦賀に来航 | |
1854 | ロシアの軍艦が尼崎沖に停泊し測量はじめる | |
1860 | 井伊直弼が桜田門外で殺害 | |
1864 | 長州藩士山本文之助が尼崎藩士に取り調べを受け切腹。翌年、残念さんが流行する | |
1867 | 「ええじゃないか」が激化 | |
明 治 時 代 |
1867 | 大政奉還 |
1869 | 桜井忠興が尼崎藩知事になる | |
1873 | 廃城令が出される 常松小学校が創立(市域初) |
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1874 | 神崎に停留所が開かれる | |
1889 | 尼ヶ崎町が発足する |