駅前の本屋から園田愛を綴るダイハン書房本店 山ノ上純

私が園田に住み始めたのは小学4年生になる春。父が園田に本屋を開店するのに従い、京都から引っ越してきた。最初は京都に帰りたくて仕方がなかったのを覚えている。まず何と言っても地蔵盆がない。京都の子供達にとっては最高の夏のイベント(なのでしばらくは地蔵盆の間は京都の祖父母の家に居候していた)。そして、変なおじさんがいる。決してゆるキャラのことではない。いわゆる露出狂的な人に初めて会ったのも園田だった。

しかし、園田はちょっとした都会だった。駅の北側には地下にニッショーストアが入ったビルがあり、レコードやファンシー雑貨、文具、日用品、衣料品等など、必要なものはだいたい園田で揃った。地下にはスーパーの他にラーメンの寿がきやと、カウンターだけのうどん屋、お好み焼き屋、そして漬物屋があって、漬物だけはスーパーじゃなくそこで買っていた。ビルの斜め向かいには豆腐屋があって、そこの豆腐も最高に美味しかった。

越してきた頃、ちょうど阪急園田駅もショッピングモールが出来、おもちゃ屋、電気屋、レコード屋、サンリオショップ、本屋、クレープ屋などが入り、惣菜屋や果物屋、飲食のお店があって、いまでも盛況なマクドナルドはその頃から生き残っている。当時30円でコロッケを買っていた惣菜屋さんの中井商店は、この春まで毎日のようにお弁当を買いに行っていたけれど、耐震工事のために3月で閉店してしまった。

本屋の娘だった私は、学校が終わるとまず両親のいる本屋に帰る。小4からは当然のごとく、春・夏・冬休みは店の手伝いである。雑誌に付録を挟んでくくったり、本にモップをかけたり。レジに入らせてもらったのは中学生ぐらいか? 高校生になるとアルバイトとしてレジに立った。

親に「本を読め」と言われたことは無かったけれど、小さい頃から寝るときには必ず読み聞かせをしてもらったせいか、中学生ぐらいからはわりと本を読むようになったが、目の前には売るほど本があったせいで、読む本はよりどりみどり。毎日、新刊の棚をチェックして読みたい本を漁っていた。お陰で、みんなが一度は通るような純文学や名作はほとんど手を付けずに生きてきてしまった。なので決して文学少女だった訳ではない。

高校・大学とレジに立っていた本屋は、今ある店の向かい側にあって、広さも半分以下だったと思う。それでも今より本は売れていた。あの頃の本の売れる数は本当に今とは桁違いで、週刊少年ジャンプはン百冊単位で入荷していたと思う。それを手打ちのレジ(バーコードを読むポスレジではない)でガンガンさばいていくのがちょっとした快感だった。

バイトをしていた頃覚えているのが、地下にギターショップがあり、ヘビメタな感じのお兄ちゃんがやってきて、バリバリの少女漫画の最新刊が出ているか問い合わせてきたことや、初めて消費税が導入された朝一番のお客さんが、千円の本をレジに持ってきて「1030円になります」といったら「本も消費税いるんか!ほんならもう要らんわ!」と怒りながら帰って行った。レジには買うはずだった本に加え、1000円札も残されたままだったこと。昔も今も、うちの店ではアウトロー系の本がよく売れて、ただ好きな人も本物の人も買ってくれる。そして本物の人ほど礼儀正しくて、私達には優しい。尼崎というと、怖い人が多いイメージがあるのか?もだけれど、園田のお客さんはこちらがミスをしても「すみません!」とちゃんと謝ればその場で許してくれる事がほとんどで…ここだけの話、お上品そうな町のお客さんほど、クレームがあったり非常にややこしかったりする。

社会人になりしばらくは書店と離れたが、結婚を機に勤めていた会社を退職し、本屋を手伝うようになってはや25年。ちょうど震災で本屋の向かいにあったアパートが無くなり、そこにマンションが建つことになって、今ある場所に店が移ったのと同じ頃だった。オープンした頃はレジが2台あり、相当な忙しさだったのを覚えている。世の中はバブルが弾けて不景気になる一方だったけれど、出版業界はまだその波に飲み込まれてはいなかった。世の中の不景気から何年も遅れてやってきた出版業界の不景気は、あっという間に他業界の不景気を追い越したように思える。そこにはアマゾンがあり、電子書籍があり、スマホがあり、サブスクのコンテンツがどんどん増えると言った、あらゆる要素が絡み合ってのこと。ここ数年はコロナの影響で一時的に上向いた時期もあったが、また加速度的に下降している。

今となっては、園田に残った唯一の本屋となってしまった。正直、本屋をやめた方が楽と思ったことは何度もあるけれど、本屋のない町って寂しすぎると思ってしまう。ネット書店があるとは言え、週刊誌やパズル雑誌を買いに来てくれるおじちゃんやおばちゃん、絵本を買ってくれる赤ちゃんを抱いたお母さん、孫と一緒に本を見に来るおじいちゃんおばあちゃん、ビジネス書をドサッと買ってくれるビジネスマン、漫画を買いに来る学生さんたち…その姿を見ていると、やっぱり町に本屋はあったほうがいいと思ってしまう。

いつか、園田のガイドブックを作って売れたらなぁと、漠然と考えていたりはするのだけれど、どうやったら園田の人たちと、園田にあるお店の方々と、繋がることができるのか?と考える。本当は、いろんなお店に自分で行って、買い物したり飲み食いしたり出来れば一番良いのだろうけれど、今は宝塚に住んでいて通っている身、仕事の間ぐらいしか園田に滞在できておらず。この「南部再生」をきっかけに繋がれる何かに出会えたら良いな…とか思っている今日このごろ。園田の人たちが、出来るだけ園田で買い物や食事なんかをすれば、町全体が潤うのかな?とかね。


やまのうえじゅん
ダイハン書房取締役 大学卒業後、広告代理店を経て書店へ。1971年生まれ。