尼崎の魚

江戸時代はお魚天国だった。

市制100周年の2016年12月。市内在住の篤志家からある書物が寄贈された。タイトルは『尼崎産魚』。38頁に80種類もの魚やカニ、貝などの海産物の絵がぎっしりと収められた一冊だ。巻末に「享保二十年」とあることから、江戸中期に尼崎近海でとれた「海の生き物図鑑」といったところだろうか。
 暴れん坊将軍でおなじみ徳川吉宗は、国内の産業振興政策として全国の産物を記録し幕府に報告させたという。巻末の「丹羽正伯様へ差し出され候御牒(帳)面の控」とは、当時こうした産物帳の取りまとめ役だった本草学者丹羽氏の名を示している。

伏谷学芸員もお気に入りの『尼崎産魚』。実物と写真パネルが5月20日から7月9日まで尼崎市総合文化センター企画展「柳原良平アンクル船長の夢」で公開。本ページの図版は南部再生編集部が『尼崎産魚』を元に画像加工。

穀類、菜、菌、鳥、獣、虫などのジャンルで産物を地方名とともにアーカイブするというのは、博物学の原型ともいえる。今回寄贈されたのは尼崎藩の魚類レポートということになるのだ。

ムツ、ハタ、シヲ、ホウボウ、カワハギ、アナゴ、トラフグ、ヒイカ、イイタコ、カニ…鮮やかな彩色で、どこかかわいげのある表情で魚たちがいきいきと描かれている。美術史が専門の尼崎市立文化財収蔵庫学芸員の伏谷優子さんは「とても魅力的な一冊です。絵の横に仕上げの彩色が示されているので、控の写本だと思います」と解説してくれた。

それにしても尼崎でこんなに多くの魚がとれたなんて、と驚くと、「当時尼崎藩領は今の兵庫まで広がっていたので、現在の市域を含む沿岸でとれた魚たちです。中在家の魚市場からは大阪や京へ魚が運ばれており、
“尼崎の魚”というのは特筆すべき産品だと広く知られていたのでしょう」という伏谷さん。

今回はこの書物をきっかけに、尼崎に脈々とつながるお魚事情を特集してみよう。