フード風土 40軒目 かごしまの店 尼寿し
よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。
逆境に強い薩摩人の寿司屋
人は逆境でこそ真価を証明する…とは、孔子や古代ギリシャの哲人が語った(らしい)格言だが、その言葉を今まさに、この尼崎で体現する店がある。下町の居酒屋風情で人気を集めた寿司屋[尼寿し]である。
阪神尼崎駅すぐの神田新道、看板に「かごしまの店」と掲げた古い店構えをご存知の方も多いだろう。その店が周囲の4軒とともに全焼したのは7月30日早朝のこと。3日前にオープンしたばかりの隣の居酒屋が火元だった。店主の西山茂広さん(57)が振り返る。
「前の晩は12時に店閉めて、3時頃まで、その居酒屋で飲んでたの。頑張りやーなんて言いながら。で、家帰って寝てたら、知り合いのスナックのママさんから電話があって、『火出てるで』って。行ってみたら消火活動中。煙がすごかったね」
淡々とした話しぶりは、言外に「今さら嘆いてもしょうがない」と語っているようだ。実際、西山さんは26年間守ってきた店を失った不運を嘆く暇もなく、即座に再建へ動いた。
近所の定食屋を訪ねて相談すると、老夫婦が「もう店を辞めるから」と店舗を譲ってくれた。それから中古の厨房機器を探し、知人の紹介で改装工事と看板の新調を進め、食器や酒や食材を買い揃え…わずか1カ月半で移転開業にこぎ着けた。
新しいにおいがする店でカウンターの隅に座った。とりあえず芋焼酎の湯割りを頼むと、出てきたのは「魔王」。西山さんが16歳まで過ごした鹿児島県の大隅半島の銘酒である。
刺身の盛り合わせにも、上や並の代わりに、さつま・おおすみ・かのやと故郷の地名が付く。鯛に甘エビ、サザエ…と並んだ極上6種盛りに、ほのかな南国の香りを添える海ぶどう。「今日はないけど、キビナゴも美味いよ。鹿児島の味やね。また食べに来て」と西山さん。
ふと見上げると、壁一面に祝儀袋が貼ってある。80枚はあるか。「さいかいおめでとう」と踊るような文字は、尼崎に多い鹿児島出身の人かと想像してみる。背後の壁では、真新しい大漁旗が再出発を告げている。
常連さんに「大変やったね」と声をかけられても「まあまあ、ね」とかわし、「休んでる余裕ないからね」と笑っている。苦労は語らず、前進あるのみ。それが薩摩隼人たる西山さんと店の真価なのかもしれない。■松本創
40軒目 かごしまの店 尼寿し
神田北通3ー27
TEL:06-6413-9151
17:00~23:00 水休