尼崎コレクションvol.18《清原雪信筆貴妃化粧図(きよはらゆきのぶひつきひけしょうず)》

尼崎市内に現存している逸品を専門家が徹底解説。あまりお目にかかれない貴重なお宝が歴史を物語る。

鏡に映る楊貴妃の美貌

鏡に向かい髪を結う一人の女性、凛とした立ち姿、その真剣なまなざしが見つめるのは鏡に映る美貌。画家は1枚の絵に、正像と鏡像の二つの楊貴妃の美貌を描きました。画家の名は清原雪信。江戸時代に活躍した数少ない女流画家にして、狩野探幽門下で修業した実力派。女流画家が描きたかった女性の美とは…

女流画家・清原雪信の本名は雪、寛永20(1643)年に生まれ天和2(1682)年に亡くなったと伝えられています。父は狩野探幽の高弟久隅守景、母は探幽の姪という画家の一族に生まれました。この恵まれた生い立ちが、女性でありながら狩野派の画を学び画才を発揮する道を開いたのでしょう。儒学者伊藤梅宇の随筆『見聞談叢』には、雪信と親交があった梅宇の祖母那倍が伝えた彼女の半生が記されています。絵の修業中に同門の尼崎藩士の子弟と駆け落ちし、画業で身を立てて大いに繁昌、一説には尼崎で亡くなったというのです。

雪信は精緻な描線と上品な彩色で情緒豊かで気品のある物語絵や女性像を多く残しています。その人気は相当なもので、井原西鶴の『好色一代男』には、雪信に秋の野の絵を描かせ公家たちに和歌を染筆させた京都島原遊郭の大夫の贅を尽くした衣裳の話が見えます。

さて、雪信が描いた女性像の多くは和歌の名手や紫式部など王朝文学界の才女たちで、その教養や知性美を表現した作品です。では、「貴妃化粧図」はどうでしょう。雪信が描いたのは絶世の美女が鏡に映された自分の容貌を見つめる一瞬の姿です。当時は遊女などをモデルにした一人立ちの美人図が流行しており、その影響を感じさせる女性像なのです。一方で、男性が鑑賞する美人図の妖艶な美とは異なる静かで気品のある趣が感じられます。楊貴妃が見つめているのは、玄宗皇帝を一途に愛する自分の心でしょうか。駆け落ちをしても恋愛と画家人生を貫いた雪信が描きたかったのはそんな女性の美しさだったのかもしれません。

文化財収蔵庫

開館は月曜~金曜日の9:00~17:30 入館無料・予約不要
●南城内10-2 TEL:06-6489-9801


伏谷 優子
尼崎市教育委員会学芸員 「物語絵と美人図-尼崎コレクションの近世絵画展」尼信会館で11月10日まで展示中です。