マチノモノサシ 尼崎の商業事情

尼崎にまつわる「数」を掘り下げ、「まち」を考えてみる。

小売店舗数5年で15.7%減

10月、JR尼崎駅前に「COCOE」がオープンした。阪神百貨店、スーパーの平和堂、137の専門店にシネコンやスポーツクラブまである57800㎡は文句なしに市内最大規模の商業施設だ。周辺では道路の整備、大型マンションや病院の建設も進み、「ここがあのビール工場跡地か?」と目を見張る変わりようだ。

規制緩和の流れにあった2000年の「大規模小売店舗立地法(大店法)」の廃止は、全国に大型ショッピングセンター(SC)を出現させた。尼崎でも「ミドリ電化」(02年)、「カルフール」(03年)、「アマゴッタ」(04年)と大規模店やSCの進出が相次いだ。「COCOE」はその大トリにして、極めつけの存在だ。

そうした状況はデータを見れば一目瞭然。現時点で最新となる07年度の商業統計では、市内の売場面積は42万3098㎡。前回調査の5年前より8%も増えた。が、一方で気になる数字がある。小売業の事業所数、つまり店の数は4039で、前回比15.7%もの減。個人商店の廃業が相次ぎ、尼崎の小売業事情が急速に大規模店にシフトしていることがくっきりと表れているのだ。

戦後の闇市に始まり、かつては阪神間最大の商業集積地だった阪神尼崎~出屋敷界隈でも空き店舗が目立ってきた。中央・三和の商店街を含む中央地区の小売店減少率は16・5%と、市内平均を上回る。「残っている店の売上も落ち、組合員は先行き不安を感じている」と三和本通商店街の宮西昭廣理事長はいう。

商店街から大型SCへ果敢に参入する店も、なかにはある。杭瀬の和菓子店「寶屋遊亀」は3年前につかしんへ出店、続いてCOCOEの阪神百貨店に進出した。大資本のテナントが並ぶ中、“地元代表”として戦う箕浦康之社長は「正直必死です。でも個店の力をつけるための試練やと思っています」。

とはいえ、誰もが大型SCで戦えるわけじゃない。高いテナント料やコミッション(周旋料)、売れなければいつ退店させられるか分からない厳しい世界。個人商店、とりわけこれから商売を始めようという人にとって、条件面のハードルはあまりにも高い。一方で、その受け皿となるべき商店街も家賃が高止まりしたまま。空き店舗が埋まらない原因の一端はそこにある。

悪循環ともいうべきこうした状況を打破しようと尼崎市は対策に乗り出した。これまで商売をしたことのない新規開業者が商店街や市場の空き店舗にお店をオープンする際、家賃や改装費などを半額補助する制度を07年度に始めたのだ。個人を対象にした空き店舗補助は全国的にも珍しいが、「起業を育む文化が、商店街を活性化させるはず」と市産業振興課。問い合わせも多いという。

三和本通商店街でも、新規開業者を呼び込む動きが出始めた。商店街の各店舗はオーナーがバラバラだ。そこで組合が空き店舗の家賃情報などを集め、組合で店舗借り上げができないか検討している。商店街の目玉となるような、やる気のある若い商業者を呼び込むのが目標だ。

尼崎の商店街は戦後、誰もが資金の乏しかった時代に自然発生的に生まれ、商売人を育ててきた。商店街の存在意義は人を育てること。お隣の西宮や伊丹にも大規模商業施設が溢れる中、そんなふうに考えられないだろうか。■尼崎南部再生研究室

市内の小売業事業所数と売場面積 店舗数は減るも、売場面積は広く…

「尼崎市の商業/商業統計調査結果表」より作成