ジツは… 公害遺産

普段何気なく見ている風景も実は、公害問題があったからできた尼崎の歴史遺産だったんです。

[play]元浜緑地

工業地帯のど真ん中。巨大なアスレチック、ロングスライダー、夏場には水遊びが楽しめる「わんぱく池」など、設備充実の極上パークがある。休日には市外からもファミリーで遊びに来る人気の公園は、実は日本初の「大気汚染対策緑地」だったのだ。国道43号の自動車排ガスなど大気汚染を改善するため、1991年に整備された緑地は37000㎡と、甲子園球場ほどの広さを誇る。

[swim]市民プール

「早くから工場が開けた尼崎では、海や川で子どもたちが水辺に親しむ場がない」として、1966年の芦原公園プールを皮切りに、各支所単位で整備が進んだ市民プール。公害がひどい尼崎の子供たちに「ぜんそくに打ち克つ体力をつけさせるためだった」とも言われる。40年を経て老朽化が進んでいることから、今年から芦原公園プール、北雁替公園プールの2か所だけの営業となっている。

[message]石碑「尼崎に緑と青空を」

阪神尼崎駅前の中央公園にある大きなクスノキの脇に石碑が鎮座する。そこに刻まれているのは「尼崎に緑と青空を」というメッセージ。1972年、高知市に本店を構える四国銀行が尼崎支店をオープンする時に「高知のような空気のきれいなまちになってほしい」という願いを込めて市に寄贈された思い出深いモニュメントなのだとか。

[study]あまがさき環境塾

1992年にスタートした「あまがさき環境塾」は「環境を知る人から行動する人」をテーマに毎年体験学習を開催している。修了生は450人を数え、市民活動や講師としても活躍している。「市民には二度と公害を起こしてはいけないという想いが強い。まちの教訓から環境問題の大切さを伝えたい」と市環境政策課の安田博之課長。同課に設置された「ルーム・エコクラブ」では、図書や機材の貸出など環境活動をサポートする。

[revival]尼いも復活栽培

その昔、臨海部の畑で作られたさつまいも「尼いも」は、京都の料亭へも出荷されるほどの美味だった。公害患者らを中心に結成された「尼いもクラブ」では、1950年のジェーン台風で絶滅したといわれる品種を特定し復活栽培に取り組んでいる。市内の学校では、総合学習にも使われるなど、環境再生のシンボルとして栽培が続けられている。

[flower]市の花 「キョウチクトウ」

「ジェーン台風で南部地域が海水に浸かっても枯れなかった」と言われ、煤塵にも強いことから、1952年、市花に指定された夾竹桃。73年、市が工場緑化協定を制定してからは、市の圃場で挿し木をして増やし工場に配布して緑化が進んだ。今も王子製紙や名神高速道路沿道の並木は、6~10月にかけピンクの大きな花を咲かせて街を彩る。

[read]情報誌「南部再生」

公害で疲弊した尼崎南部地域の魅力を、地元の人に改めて知ってもらいたい―と2001年に創刊された小誌のルーツは大気汚染公害訴訟にある。企業との和解金の一部と愛読者の方からの定期購読料をあて発行。ボランティアライターが汗を流して作られるフリーペーパーは今号で34号を数える。