論:工場を歩け 変容するものづくりの現場 綱本武雄

2年半にわたり、神戸新聞社の加藤正文さんと共に兵庫県下55の工場を描く機会に恵まれた。生活で毎日触れるような品々から、コンクリート、ガスに至るまでさまざまな製造現場を歩き、ものづくりの楽しさを再発見しようという試みだ。

三菱重工神戸造船所で作られているコンテナ船。(2003年11月30日付神戸新聞掲載)

工場の魅力

工場には、ものを作り上げていく動きに加え、製造のための大空間や大がかりな設備がある。絵描きにとってはモチーフの宝庫。特に分かりやすいのは造船だ。製造工程は金属板の切断に始まり、熟練工がバーナーと水を巧みに使って板に丸みをつけ、ブロック状に組んだものをクレーンで吊り、つなぎ合わせていく。塗装直前の外壁の前に立つと、その長い道のりを示す縦横の溶接跡が視界を覆う。ひとつずつ違う船を作り上げるには、人の手がまだ必要なのだ。

人間性への回帰

多くの工場は、生産性の向上を謳う一方で、同じくらい製造の現場に人間性を取り戻そうと躍起になっている。買い手が色を選べるエアコンが登場したように、ひとつの商品でも複数のバリエーションがあり、それを限られたラインで巧みに作り分ける。製造ラインは複雑化の一途を辿っており、作業の緊張感を維持するには、それを担保する快適性も求められる。パナソニックのノートパソコン製造ラインでは、個人差を埋めたりミスを防ぐ便利道具を開発するチームがいたし、「中食」の旗手ロックフィールドでは、食堂にレストラン並かそれ以上のゆとりを設けて職員同士のコミュニケーションを促していたが、さらに構内に保育所を作るという。女性ならではのきめ細かい感性なくしてラインを保てないと、複数の工場で聞いたことも印象に残る。

作り、伝える技術

ものづくり白書2005年版では、来るべき2007年問題を目前にして、初めて熟練技術者の喪失が課題として記された。採用期間を延長する暫定措置も聞くが、現場の工夫はどうなのだろう。

今年6月のパリ国際航空宇宙ショーで新明和工業が発表した水陸両用飛行艇「US-1A改」は、約30年前に開発された「US-1A」の後継機として設計を大幅に見直した新型機だ。この開発には、設計プロセスを若い世代へ伝えるねらいも込められていた。人命救助が主目的の航空機だけに、荒海への離着水が真価を問われる場面。水面という不確定なものを捉えるには、理論だけでは難しい。「技術は、作ることでしか伝えられない」。開発担当者たちが戦前から反すうしてきた言葉だ。

かたや尼崎

ガラスやチタンの工業化をはじめ、多くの「日本初」を育んできた尼崎。優れた技術を知るのが取引先だけというのでは寂しいから、まちを発展させてきた工業の価値を正しく知りたい。まずは、輝いていたり、熱かったりという、ものが生まれる瞬間に立ち会うことはできないか。中小企業が多いということは、近所の家の玄関から縁側を覗き見るように、個々の技に触れやすいということであり、部分を担う工場が多いということは、同じ数だけ「技」がまち中にあり、歩く楽しみがあるということだ。現役を退いた人が導いてくれると、そのおもしろさは増すと思うのだが。

「工場を歩く-ものづくり再発見-」
絵・綱本武雄/文・加藤正文

神戸新聞紙上で連載されたコーナーに、カラーイラストやコラムを大幅加筆し単行本化。(B5判変形・132頁 神戸新聞総合出版センター1,680円)


綱本武雄●つなもとたけお
1976年神奈川県生まれの静岡育ち。子供の頃から電車と飛行機とガンダムにあこがれを抱きつつ、大学で建築デザインを学ぶ。町並み保存運動に代表される、暮らす人が主体的に関わるまちづくりに感銘を受け、都市計画コンサルを目指して(株)地域環境計画研究所で精進の日々を送る。尼崎南部再生研究室研究員。