フード風土 20軒目 喜祥庵

よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。

アツアツ鍋焼き、アツカン天国

「とりあえずビール」をすっ飛ばして熱燗をやるのが冬場の楽しみである。暮れ始めの、早い時間ならなおよし。それがそば屋かうどん屋であれば、もう極上のゼイタク気分が満開だ。

年の始めに景気づけを、と暖簾をくぐったのは阪神尼崎から徒歩数分、手打ちうどん・そばの「喜祥庵」。鉄鍋煮え立つ鍋焼きうどん(1000円)が名高い人気店である。

店主の北川良二さん(47)は元「仕事人」だ。料亭で修行の後、フリーの料理人となって郊外型店から都心のビルテナントまで、そば・うどん屋や和食店の開業を次々と手掛けた。メニューやコンセプトが固まり、儲けが上がるようになれば店を去る。そんなさすらいの生活に区切りを付け、10年前にこの店を構えた。

カウンター越しに「熱燗愛」を熱く語ると「そらあ冬は湯気が出るのんがええわ。関東じゃ、そば屋で飲むのはステイタスやしね」とさっそく酒をつけてくれる北川さん。その合間に手早くだしまき(550円)を作ってくれた。巻きすからだしが滴るほどのトロトロ加減。大根おろしはもちろん、トマトやキュウリも付いて、これで軽く1本目のお銚子が空いた。

メインのアテには鍋焼きうどん(1000円)を選んだ。なにしろ具だくさん。これで酒をグイグイいって、締めにうどんをすするという構想である。「ノビるやん」との声もあろうが、そこまで長っ尻をしないのが大人の粋。われながらビューティフルな作戦だとご満悦気分で2本目が空く。

「熱いでえ」の声とともに、いよいよ登場の鍋焼きは、めまいがするほど豪勢な具材の数々。えび天にかしわ、タケノコ、白菜、シイタケ、薄揚げに餅にカマボコに…。豊潤なだしがよおく染みた「多国籍具ん」を相手に酒が進むのなんのって、幸せすぎて鼻血が出そうだ。3本、4本、5本…。

上をすべて平らげ、少し腹を落ち着かせてうどんにかかる。北川さんが「一日一麺」「一生懸麺」の心意気で、湯ごね生粉打ちした逸品。平たい形は味がしみやすいように、との工夫だ。勢いよくすすると、喉越しから体全体に温もりが広がっていく。

「目指す味は『おいしい』よりも『あたたかい』。気分がほおっと和むような、ね」

心憎い言葉に、さらにお銚子1本を追加した底冷えの夜であった。 ■松本創


20軒目 喜祥庵

東難波町5-19-23
11:30~14:30
17:00~21:30
日曜定休
06-6488-8072