THE 技 言葉にはできない、鉄との格闘

ものづくりのまち尼崎に息づく匠の技の数々。最先端技術、職人技、妙技、必殺技…。
アマから繰り出されるワザに迫る

かつて、「鉄のまち」といわれた尼崎。工業都市を力強く支えた加工技術をこの目で見たくて、尼ロックに近い今井鉄工所を訪ねた。職人の岡本正男さん(57)は今年、尼崎ものづくり達人賞に輝いたキャリア35年の製缶工。

約3mある鉄のキューブ、真空槽。斜めに入った補強材や、内側に入ったターンバックルに歪みとりの技術が。

「ひずみとり」と聞いて、ピンと来る人は少ないだろう。例えば、4本の鉄の棒を溶接して正方形を作るとする。鉄は熱を加えると曲がろうとするため、そのままだと平行四辺形のようにひずんでしまう。それを防ぐために前もって角度を付けたり、溶接する順番や時間を調節したり、斜材や引っ張り材、つっかえ棒を入れておいたり、いわば「ひずみの程度」を予測して製作する―これが熟練工の技術。

「コツはありますか」と聞くと「言葉にはでけへんから見てくれたらいい」と岡本さん。鉄工所ではちょうどLSI工場の真空槽の製作が行われていた。「LSIのことはよく分からんけど、巨大な鉄の水槽みたなもんですわ」。真空ということは空気が入らない精度と気圧に耐える強度が求められる。時代の先端を行く技術が熟練の「勘」に支えられているのだ。

「たいしたことはしてないよ」。岡本さんはさらりと言うが、人力ではとても持ち上げられない重厚な鉄板をつなぎ合わせ、加工時には数トンの加重を操って、高さ3メートルもの立方体を作り上げる仕事ぶりは、大木を扱う伝統的木造建築の宮大工を思わせる。鉄という素材を知り尽くしているからこそ、変化を読んでベストな作業を見極めることができる。完成像をしっかりイメージしながら製作する技に、アートやデザインにも通じる「ものづくりの基本」を見た。


okamammoth
1971年尼崎生まれ。工業デザインを志し、気がつけば建築の深みへ、アマ発の建築を考える。