論:生活保護を尼崎から考える貧困の実相と世代的連鎖 関西国際大学教授 道中隆

「生活保護3兆円超」の時代がやってきた。尼崎も他人事ではない。現場と制度を知り尽くす専門家、道中先生に寄稿いただいた。

連鎖・固定化する「貧困」

「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり、じっと手をみる」。石川啄木の歌が百有余年の時空を超え、私たちの社会を揺さぶる。わが国に到来した「貧困の時代」。「上流」と「下層」の格差は拡大し、ワーキングプアやボーダーライン層、生活保護受給層など、貧困の裾野は広がり続けている。

今年5月時点で、全国の生活保護受給世帯は147万1千世帯、人員にして203万2千人、保護率は15.9‰(パーミル=1000分の1)。生活保護の増加は雇用情勢の悪化と切り離せない。東日本大震災被災地の動向を見れば、さらに伸び続け、過去最悪となるのは確実だ。

湯浅誠氏は著書『反貧困』で今の日本を、うっかり足をすべらせたら、すぐにどん底の生活へ転げ落ちる「すべり台社会」と表現したが、私が行ったある自治体の独自調査では、さらに厳しい現実が明らかになった。そこには「貧困の世代間連鎖」があり、一旦落ち込んでしまうと這い上がるのが困難な「漏斗型の社会」が浮かび上がった。

調査では、生活保護世帯に育った子どもは、成人になって再び生活保護を受給している傾向が裏付けられた(全世帯の25.1%)。母子世帯には特にそれが顕著だ。世代間連鎖は40.6%もの世帯で確認され、その理由として、親の低位学歴率66.0%▽10代出産ママ26.4%▽母の精神疾患罹患率33.4%…と不利な要因がいくつも重なり合っていた。

貧困が世襲・固定化される現実。このまま放置すれば、やがて日本は「あきらめ社会」になってしまうだろう。

子育てや学習の支援を

尼崎市の現状は全国を上回り、さらに厳しい。生活保護受給者数(4月現在)は17085人、保護率は37.7‰で、兵庫県下トップ。県下平均の約3倍に上っている(表参照)。しかし、厳しい環境の中から立ち上がったこんな事例もある。

幸雄君(仮名)は生活保護を受ける母子世帯の長男。母は二児を抱えて働き続け、無理をしたせいで病気になった。幸雄君は将来、消防士になりたいという夢を中学の先生に語っていたこともあったが、貧しさゆえ「どうせ僕なんか勉強してもしゃあない」とあきらめかけていた。それを知った福祉事務所のケースワーカーは、どうしても夢を叶えさせてあげたいと考え、消防士になるには高校進学が必要なこと、消防士試験に合格するには成績が優秀でなければならないことを根気よく助言し続けた。支援のポイントは、具体的な目標を持たせること。学校とも連携して、成績の芳しくない幸雄君を何とか高校進学させた。目標があれば頑張れる。幸雄君は念願の消防士試験に合格した。母も「子どもに迷惑はかけられへん」と、短時間のパートからフルタイムの仕事に変わり、生活保護から自立できた。

もちろん、これは幸運な一例だ。しかし、貧困の連鎖を防ぐには、就労支援だけでなく、子育てや学習の支援を充実させる必要があることを物語っている。これまで教育は家庭が行うものだとされてきたが、社会全体で子どもを育てる意識・世論を醸成していくべきだろう。

子どもを育てる社会の責任

子どもの成育環境の整備については、内閣府で新システムの議論が進んでいる。だが、その中身は、幼保一体サービスの確保とその財源に集中しがちだ。すべての子どもと家庭に最善の環境を保障するには、虐待・障害・不安定な家庭環境といった劣悪な環境にいる子どもたちへのセーフティネットの確保、質の高いサービスを確実に保障する仕組みを導入する必要がある。

貧困に追い込まれた生活保護受給世帯の子どもたちは、他の子と同じスタートラインに立てないのである。自己責任論ばかり言うのではなく、社会的責任として国や自治体が新たな政策を打ち出さねばならない。例えば2009年7月に、生活保護の学習支援費が新たに創設されたことは非常にタイムリーだった。

最後に親の問題がある。子どもにとって親は、最後の砦というべき存在。貧困家庭では、これがどうにも脆く弱くなっている傾向がある。親の教育への無関心は、子どもにとって最大のリスクとなる。それを防ぐ視点を視野に入れた親の教育インセンティブ政策が、今後は非常に重要になってくると思う。

表 生活保護の動向(平成23年4月)


みちなかりゅう

1949年広島県出身。大阪府職員として長年生活保護の現場に携わり、東大阪市や堺市でも保健福祉政策の策定などに関わる。2010年4月から、JR尼崎駅前にキャンパスがある関西国際大学教育学部の教授。自治体調査のデータから貧困の実相を分析した著書『生活保護と日本型ワーキングプア』は関係者に衝撃を与えた。