写真とかたる 【3】 尼崎城再建の夢は今も色褪せない

尼崎で撮った昔の写真を見て、当時の思い出を語ってもらいます。ご本人が写っている懐かしのスナップをお寄せください。

1983 杭瀬
杭瀬・宮崎邸で撮影。宮崎彦造さんは自邸の庭に高さ3mを超える尼崎城の模型を建設した。写真の中の吉田さんは、宮崎さんら先人の尼崎城への想いを引き継ぎ、運動を展開した。

「もう図面までできてたんやけどね…」。吉田昌弘さんがかつて描いた尼崎城再建の夢を振り返る。

海岸線がすぐ近くに迫り、海上からは浮城のように見える通称「琴浦城」。阪神尼崎駅の南、城内地区にあったこの名城は1873年の廃城令で取り壊された。廃城から110年経った1983年、吉田さんは尼崎青年会議所の理事長としてこの尼崎城再建に取り組んだ。公害で疲弊し、暴力事件も多かった当時の尼崎のイメージは暗く、まちへの誇りや愛着を何とか取り戻そうと、尼崎城というシンボルの復活に願いを込めた。

上山城や長浜城といった「昭和の築城」運動が観光資源の核として各地で盛り上がるなか、署名活動、シンポジウム、写真展を精力的に展開。尼崎市民の間でも築城熱は高まりつつあった。しかし、建設図面を作り、あとは資金を瓦の寄進運動で集めようという時、なぜか活動は立ち消えに。「なんで実現できなかったのか今でもよう分かりませんが、あの頃の盛り上がりはそら楽しかったですわ」と20年前を振り返る。それにしてもよほど城が好きやったんですね。「城や歴史が好きやったんやない。尼崎のまちが好きなだけですわ」。

今回のご提供は…吉田昌弘さん

1943年尼崎市生まれ。現在、三和本通商店街振興組合の理事長を努める


取材・文 若狭健作