つくらないまちづくり 第3回

新たに施設などを作らずに、地域にある資源を上手く活用したまちづくりを毎号紹介。

損して得取れ。金は天下の廻りもの

地域通貨トロントダラープロジェクトの仕組み
“Toronto Dollar Project”

カナダ最大の都市トロント。日本同様、中心商店街はほぼ壊滅状態。元気な商業エリアは移民エリアと郊外のショッピングセンターだけ。そんな中にあって、ひっきりなしに客が訪れ、今年も前年比10%増の売上を達成した市場がダウンタウンに残っている。

セントローレンス市場。古いレンガ造りの建物の中に約60の小売店が入居している古い市場である。建物も19世紀の歴史的建築物を修理しながら使っており、新しい集客施設など整備していない。かといってこれ見よがしに建物の歴史を紹介したパネルなどを展示しているわけでもない。つまり、何もつくっていないのである。

そんな彼らの活動で最も有名なのが地域通貨トロントダラープロジェクト。市場がトロントドルという単位の地域通貨を独自で発行している。トロントドルは通常のドルと全く同価値であり、市場内のどの店舗でもドルと同じように使える。市場の入口に設置されているATMで引き出すことも可能だ。

トロントダラーの仕組みは図のとおり。消費者が地域通貨で10ドル分を買い物するたびに、1ドルを店舗側が負担して、市場周辺で行われるまちづくり活動や景観保存などに寄付するようになっている。結果として、地域環境が良くなれば市場のブランド力が向上し、自然と人も集まってくるようになった。まさに「損して得取れ」の発想に基づくプロジェクト。

セントローレンス市場は、この地域通貨で世界的に有名になったが、決してこれだけをやっているわけではない。全体イメージを損なうけばけばしいノボリなどは排除しているし、古い建物も戦略的に残している。内装も、とてもスタイリッシュな市場である。それよりも驚くのが、地域の小学校に絵本をプレゼントしていることだ。

なぜか。責任者に聞くと「子供達が将来、客になってくれるかもしれないだろう。商売の基本は普段から地域とのリレーションシップ(関係性)を維持しておくこと。決して閉鎖的にならずにね」とのこと。何とも気の長い話である。

まちづくり・景観保全活動

19世紀の建物をそのまま使った市場。立派な観光資源
スタイリッシュな市場内部。煉瓦の壁が高級感を醸し出している。店員はフレンドリー
地域通貨トロントダラー紙幣

齊藤成人●さいとうなるひと
日本政策投資銀行調査役 専門は地域開発