とじこめられた海を救い出せ!プロジェクト名「環境修復技術のパッケージ化」by EMECS

ひごろ意識することはないが、尼崎にも海がある。国道43号線を南へ越えたあたりから、かすかに海の香りがするのだ。しかし、この海は陸地に囲まれるように、閉じ込められている。これを救い出そうという実験プロジェクトが進んでいる。はたして海は私たちの手にとりもどせるのか?

「閉鎖性海域の環境保全に関する研究」をおこなう機関として貝原前兵庫県知事らを中心に1994年設立。2001年には第5回国際エメックス(閉鎖性海域)会議を神戸市で開催した。

「大阪湾の奥に位置する尼崎の海は、瀬戸内海のなかでも特に閉鎖性の高い海だと言えます」と財団法人国際エメックスセンターの石川潤一郎さん。

「閉鎖性」とは海水の流動がなく、汚い水がいつまでも漂ってしまうことを指す。地図を見れば一目瞭然だが、尼崎臨海地域の地形は、まるで両手で外海から水を大切を囲んでいるように見える。海の水は大切に囲ってはいけないのだ。外海と海水の交換をすることで海域環境は守られている。こういった閉鎖性海域は日本では東京湾、瀬戸内海、伊勢湾が代表例。埋め立てがしやすいという理由で、積極的に開発がすすめられてきた。その結果産業排水や生活排水が増えて、窒素やリンなどのヘドロが海底に溜まりっぱなしになっている。

漁業組合がある

アマの海には漁業組合がある。「尼崎漁業組合」は長い歴史を持つ貴重な存在であるが、1949年に漁業権を手放した。やはり漁業は無理なのだろうか。週末は釣りにでかけ、年に数回海や川の底のゴミを集めに船を出す。「昔に比べればずいぶんヘドロも少なくなった。ただ最近はテレビとかタンスといった家庭ゴミが目立つけれど…」と組合長の後藤剛さん。「ただ海底に溜まってるヘドロだけは減らん。干潮の時はスクリューに絡まないかハラハラする」と現状を指摘する。

「海底に溜まったヘドロを何とかなくす方法はないものか」国際エメックスセンターでは平成13年度から2年間、尼崎の海を舞台に壮大な実験をしている。今回のプロジェクトの名称は「環境修復技術のパッケージ化プロジェクト」。海をきれいにするには色んな方法があり、それらをどう組み合わせたら効果があるかを実験・研究するというものだ。

魚よりよく捕れる粗大ゴミ。数時間の掃除で4トントラックいっぱいになるほど
背番号をつけられたアサリ。実験のために個体で管理されている
月に1度の身体測定に立ち会うことができた。死なないよう慎重に作業はおこなわれる

プロジェクトでは大きく5つの実験がすすめられている。丸島町の護岸に30m×15mの規模の干潟を造成して、ラグーン、生物プラント、藻場といった実験施設も整備。尼崎の海に擬似的な自然環境を作り、アサリやワカメを育てている。何百ものアサリ一つひとつに番号を打って、それぞれの成長度を測っている。広島県呉市では10m×18mの巨大な水槽模型を尼崎の海に見立てて水利実験をおこなっている。どうすれば海水流動を活発にすることができるかを調べる。

貝にやさしい護岸

「水が濁って海底に太陽光が届かないことが汚泥が溜まる大きな原因です」。護岸につくイガイという貝は太陽の当たらない低酸素水域では生息できない。そのため死んでしまったイガイは海底にしずみヘドロとなる。これがさらに低酸素水域を広げてしまうという悪循環がおこる。実験施設に作られた「生物プラント」は太陽の当たる水深1.5mほどのところに人工的に作ったイガイの生息場所だ。さらに貝が付着しやすいような素材をいくつか護岸に貼り付け、貝にやさしい護岸改良の可能性を探っている。

筏から水中に網を垂らして、そのなかでワカメが生息できないかと藻場実験をしている。ワカメがリンや窒素といった汚濁の原因を成長の過程でとりこんでくれる。そのワカメを取り出すことで汚濁のもとを海から取り除くことができるという実験だそうだ。

実験場から数十m離れたところに浮かぶ筏。ここにワカメが吊るされている
半年足らずでコケ類がビッシリと付着した石。これを食べる生き物が棲みつきはじめている

「そのワカメも水から引き揚げた途端に廃棄物になってしまいます。食べられるといいんですが、今のところコンポストで肥料として使ったり、メタンガスを発生させて自然エネルギーとして活用するくらいしか私たちも思い付かなくて…」

これらの実証施設は今年2月に着工し約1ヵ月半かけて完成。今回のプロジェクトを担当する石川さんと北村竜介さんは、完成前から週に一度は尼崎の海にでかけ実験を管理する。「干潟を造成した途端、この辺りにもともと生息していた魚やカニが集まってきました。実験をすすめていくうちに、尼崎の海にもこんなに生き物が生息していたのかと驚きました。この生物たちの生息をちょっと助けてやることで、尼崎の海はよみがえるんじゃないかと思います」

一部の人が趣味として魚釣りを楽しむ程度。それがアマの海の現状だ。しかし、その魚が海をよみがえらせてくれるかもしれない。

意外な釣りの穴場

「子どもの頃から30年ほどアマで釣りしてるけど、大阪よりはずっときれいやと思うわ。釣った魚もちゃんと食べれるし」と防潮堤に座って釣りを楽しんでいた40代の男性。「最近はとくに海がきれいになった」と話す。

尼崎で普段から海に足を運ぶ人は、無論海水浴でも潮干狩りでもなく、釣り目的がほとんどだ。丸島町あたりでは、釣り客を相手にした「渡船」ののぼりを見ることができる。宮本渡船のご主人で、子どもの頃から尼崎の海を見続けてきたという宮本久男さん(49)は「阪神間には大きな川の流れ出る海が少ない。西は武庫川、東は淀川に挟まれた尼崎の海には魚が集まってきます。釣り客には意外と知られている穴場なんですよ」と尼崎の海の魅力を教えてくれた。

武庫川の浚渫で採取された石を使ったラグーン。高さ9mに積まれた石の集まりが海水を浄化するフィルターになってくれる
久男さんで2代目。先代はもと漁師。漁業権を放棄し今の渡船業をはじめたのは昭和40年ごろ

アマの海は知らぬ間に私たちに近づいていたのだ。

「海の生き物が自分で水をきれいにしてくれるんですよ。今回の実験はその自然の機能にほんの少しだけ人間がサポートしてやるというもの。そうすればもっと生き物が増え、浄化機能が強化されることが期待されます」と石川さん。

海の生物と人間が力を合わせて海をきれいにする。美しい夢ではないか。

「ほら、あそこに魚がいるでしょ」と嬉しそうに話すエメックスセンター北村さんの姿が印象的だった