フロフェッショナル 風呂屋の流儀

内風呂の普及、スーパー銭湯の台頭、後継者問題…銭湯を取り巻く様々な問題と格闘するフロ屋の「仕事」に迫ります。

「一湯入魂」で家業を守る[桜木温泉]2代目 山本信一郎 3代目 山本智久

東桜木町33 TEL:06-6413-2566 14:00~深夜0:00 水休

アイスクリームを食べながら待合室で溜まっているのは、近所の小学生たち。銭湯といえば「お年寄りばかりで…」なんて話かと思いきや、ここ桜木温泉は小学生の常連が最近増えているという。すべり台やプールがあるわけでもない。手入れの生き届いたシンプルな浴場の中でも、子どもに人気なのは水風呂と少しぬるめの炭酸風呂がある露天コーナーなのだとか。

子どもに人気のスタンプカード。15コたまればアイスクリームがもらえる特典にハマる小学生多数。

「銭湯ファンは若いうちから育てなあかんからね」というのは3代目の山本智久さん(40)。父の信一郎さん(69)と家業を支えようと、10年前に大手企業を退職した。「家の仕事を手伝うのに、会社勤めだとなかなか融通がきかないでしょ。それで趣味だった銀細工の腕を磨いてショップを開いたんです。外で稼ぎを得ながら家業を支えれたらと思ってね」。朝は風呂掃除、昼はアクセサリーショップを開き、閉店後は家に帰って風呂の片づけ、二足のわらじをはきながら忙しい日々を送る。

創業80年の銭湯で大切にしているのは「続けていくこと」と親子で口をそろえる。「明るさと清潔感だけを大切に日々“一湯入魂”の気持ちで仕事をしています」と智久さん。天井から光が差し込む浴場で、磨きこまれた湯船に浸かる。ただそれだけの気持ちよさは、子どもたちにもたしかに伝わっているのだった。

震災乗り越え温泉を掘る[築地戎湯]4代目 辻野兼司・スエ子

築地2-2-20 TEL:06-6481-5019 10:00~深夜0:00(土日祝は7:00~) 第2・4木休 P40台完備

転機は1995年の阪神淡路大震災。江戸時代に埋め立てられた築地にある戎湯は、液状化により地盤が沈下。20日間の休業ののち一時は復旧したが、街の様子を大きく変える区画整理により建替えが必要となった。当時還暦を迎えたばかりの4代目・辻野兼司さん(72)は、明治20年頃から続く銭湯のこれからについて思いを巡らせた。

うどんやカレーライスが楽しめる充実のフードコーナーは尼崎屈指。もちろん、風呂上がりの生ビールも完備。

中学校卒業以来、家業一筋できた辻野さん。「昔はリアカーひいて近所の工場から油の染みたウエスやおがくずを集めて燃料にしてたんです。お湯を沸かすのにはえらい苦労してきました」と振り返る。沸かさなくても熱い湯が出るのは長年の夢だった。家族と話し合い震災後の建て替えを機に、天然温泉の掘削に挑戦した。資金面では大きな賭けだったが、震災復興の工事がすすむ築地に大きな櫓が組まれ、地元の期待感を背負って掘り進められた一大事業は無事成功。2001年、地下700メートルから42.6度の温泉が湧き出した。

これまでの「戎湯」という屋号から地名を冠した「築地戎湯」に名前を変えてリニューアルオープン。源泉かけ流しの評判は地元客はもちろん、インターネットでも広がり遠方からも温泉ファンが足を運ぶようになった。「うちが長く商売を続けてこられたのは築地のおかげなんです。お風呂をきっかけにきれいになった町並みを見てもらいたい」。常に地元への感謝の気持ちを忘れずに、5代目となる吉昭さん(43)とともに、街の銭湯を未来へとつなぐ。

ゆけむりQ&A

どうして入れ墨の人は銭湯に入ってはいけないんですか?

兵庫県公衆浴場業生活衛生同業組合(長い!以下「県浴場組合」)へ問い合わせたところ、「法的な規制はない」とのこと。入店お断りの理由としては、入れ墨が威圧行為や暴力団関係者を連想させ、他のお客に不快な思いをさせる可能性があることが推測されます。

尼崎はどこでも掘れば温泉が湧いてくるの?

「大阪層群なので理論上は1000メートルも掘れば25度程度の温泉は湧いてきます」というのは兵庫県薬事調整係。実際の掘削には申請が必要で、この係を通して審議会で許可が諮られます。「(今ある)温泉に影響を与えないこと」が検証され、半径500メートル内に既存泉源がある場合はそちらとの調整も必要になります。