フード風土 1軒目 「尼崎競艇場内売店」
食の好みが人を表すことがある。街も同じ。よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。
乾いた心癒す味わい
濃い。深い。めくるめくギャンブラーの世界。そう、あの尼崎競艇場である。
新設スタンドの小ぎれいな装いも、「若いファンが増えてます」という職員の説明も何のその。ミシシッピ・デルタ地帯もかくやと思わせるディープ・サウスの風が吹いている。いや、吹き溜まっている。
レースが始まると、水際は瞬時に沸点に達する。「まくれー」「差せ、差せェ」。ところが、終わるとすうっと潮が引いていく。どよめきも歓声も、はずれ券を宙にばら撒きつつの「あほんだら!」もなし。ただ静かな「念」をのみ湛えた、大人の戦場なのである。
さて、本題は食い物だ。ギャンブラーたちの胃袋を満たすものは─。次のレースに大いに後ろ髪引かれながら探索に出る。
スタンド裏に小型売店が並んでいる。「売店」といっても、間口の広い、簡素な食堂のつくりだ。
衣を着せられ鍋の横で待つ天ぷらや、壁の「かす汁」の品書きが誘いかけてくるが、まずは定番に挑む。
焼きそば、である。
鉄板の上に、こんもりと盛られたきつね色の麺。甘く、香ばしく、ソースが焼ける匂い。ビール片手にむさぼり食う。具は最小限。だが、当然美味。余計な装飾などいらない。
続いておでん。ことこと長時間煮たのだろう、出汁がトロリと舌に絡む。甘みの出た汁をたっぷり含み、あめ色に輝く大根の腹に染みることといったらもう…。さらに、ゴボ天、豆腐、こんにゃく。どこまでもふくよかで温もりのある味わいは、コンビニおでんなど足元にも及ばない。これで一品80円なのだ。
もう一つ、これがなければ始まらぬという名物があった。たこ抜きのタコ焼き、「多幸焼」という。客思いのネーミングが泣かせるが、味はもっと泣かせる。ほのかな卵の風味ととろみソースの出会いの妙─。
競艇場の食堂。そこでギャンブラーたちは胃袋を満たすのではない。乾いた心を癒すのだ。ひと時羽を休め、次なる戦いへの英気を養うために。■松本 創