論:ローカルフェスが映す未来 永井純一

『ロックフェスの社会学』(ミネルヴァ書房)

先日、「フェス観測会2016」なるイベントに参加するために北海道へ行ってきた。この催しは日本各地でフェスを運営する主催者が議論や情報交換をおこない、フェスについて語り、考えるというものであった。そこでの私の役回りは、研究者としてデータをもとに観客の動向について短い講義をするというものだったが、一堂に会した主催者達の強烈な個性やエネルギーに刺激されとても濃密な時間を過ごした。

地域で生まれるフェス

最近よく耳にする「フェス」という言葉は、フェスティバルの略称であり、その流行は野外音楽イベントに端を発している。1997年に「ただの野外コンサートではない」と謳ったフジロックフェスティバルが登場して以来、フェスは増加傾向にあり、「フェスとは何か」という問いかけとともに、各地で繰り返しおこなわれている。ただ音楽を聴くだけでなく、「フェス飯」を提供する飲食ブースやマーケットを回遊しながら、会場でゆったりと過ごすスタイルのフェスが全国的に定着しつつあるのだ。数万人の来場者、数億円の事業規模のフェスがある一方で、地域の若者(といっても多くは30代)が企画運営を手がけるローカルフェスがある。このコントラストが日本のフェス文化をユニークなものにしている。

筆者が出会ったローカルフェスの主催者の多くは野心家ではないが、アントレプレナーシップ(起業家精神)に富んでおり、行政的な意味での地域社会に強い関心があるわけではないが、地元のことを自分たちなりに考えている。有名アーティストを擁する大規模フェスがショッピングモールだとすれば、それとは異なる、その土地ならではのフェスを彼らは模索する。議論を進めるなかで、それぞれの目指すところや目的、その背景となる地域性の違いが明らかになっていったのが、非常に興味深かった。

フェス文化と尼崎

ところで音楽フェスティバルといえば、ウッドストックのように牧場などの広大な会場でおこなわれるイメージが強いのだが、実際にはさまざまな場所で、さまざまな規模のものが開催されている。そして、筆者は「尼崎は個性的なフェス文化が開花するポテンシャルを秘めているのではないか」と考えている。その根拠は商店街と工業地帯だ。

商店街フェスに関して参考になるのは、毎年3月にアメリカ・テキサス州オースティンで行なわれるサウス・バイ・サウスウェストだろう。ショウケースイベントとしてはじまったこのフェスは、メイン会場となるコンベンションセンターの他に、ライブハウスやホテルのロビーから、果ては普通の駐車場まで、まちの至る所がライブやセミナー会場となる。アルカイックホールをメイン会場としながら、寺町や尼崎城址にもステージを設け、商店街の風情を楽しんだ後は銭湯で一息つく。既にあるインフラを活かしつつ、街の魅力を伝えることができそうだ。

工業地帯のフェスについては、尼崎21世紀の森が欠かせない。すでに「AMAFES」や「尼崎ぱーちー」などのイベントが開催されているので、訪れた方も多いと思うのだが、あのロケーションは何ものにも代え難い個性を持っている。それを最大限に活かすために参考になるのは、カリフォルニア州の郊外でおこなわれるコーチェラだ。毎年4月に開催されるこのフェスは、豪華な出演者で知られており、ハリウッドやLAからファッション業界人やモデルや俳優の卵たちが観客としてやってくるため、会場の雰囲気は極めて華やかである。フェスシーズンの幕開けを告げる春先に開催されることもあって、その年の音楽とファッションのトレンドセッターとして世界中から注目を集めている。

そんな世界随一のセレブフェスと尼崎は無縁に思える。しかし、誰が何と言おうと、工業地帯にある「尼崎の森中央緑地」の解放感はコーチェラの会場によく似ている。空の広がりはカリフォルニアに通じるものがあるし、高速道路や工場といった近未来的な遠景と芝生の広場の織りなすコントラストはアマのクールさそのものだ。

あくまでも音楽やアートを中心に据えながら、地域に根ざしたオルタナティヴな価値観やライフスタイルを提示する。そうした動きが、従来型の住民と行政が一体化した「まちづくり」とは異なる文脈から、全国で同時多発的に発生している。かつて、祝祭とは国や地域など社会の側が提供していた。それが困難な時代だからこそ、ボトムアップ型のフェスが注目を集めているのだ。そして、それはきっと、「ここでフェスをやったら面白いだろうな」と妄想することからはじまる。


ながい じゅんいち
1977年、兵庫県生まれ。2012年、関西大学大学院社会学研究科博士後期課程修了、博士(社会学)。現在、神戸山手大学現代社会学部専任講師。『文化社会学の視座』(共著、ミネルヴァ書房、2008)、『観光メディア論』(共著、ナカニシヤ出版、2014)、『続・青春の変貌』(共編著、関西大学出版部、2015)など。※写真はコーチェラの会場(Coachella Valley Music and Arts Festival 2016)