尼崎コレクションvol.22《千人針(せんにんばり)》

尼崎市内に現存している逸品を専門家が徹底解説。あまりお目にかかれない貴重なお宝が歴史を物語る。

秘めた願いを縫い込んで

昨年は太平洋戦争終戦から70年ということで、各地でこれを記念した行事が開催されており、尼崎市でも「2015年平和の祭典」をテーマに様々な事業が展開されました。文化財収蔵庫でもその一環として開催された「夏季学習展 兵隊に行く・銃後を学ぶ」の展示資料のなかから千人針を紹介しましょう。

千人針という言葉を聞かれたことがあると思いますが、実物を見たことがある方は案外少ないのではないでしょうか。夏季学習展では、尼崎市民の方からご寄贈いただいた千人針を4点展示しましたが、写真ではそのうちの2点を紹介。上の1点は縦・横を整列させてほぼ千個の赤い縫い目が付けられていますが、よく見ると10銭硬貨と5銭硬貨が1枚ずつ縫い込まれています。これは、10銭は9銭(苦戦)、5銭は4銭(死線)を超えるという語呂合わせで、苦戦・死線を超えて生きていて欲しいとの願いを込めて縫い込んでいます。

下の1点は縫い目で虎の模様を描いていますが、虎は「千里を行き千里を帰る」と言い伝えられていますので、虎のようにどんなに遠くに行っても必ず帰ってきて欲しいとの願いが込められています。また、千人針は女性が1人1針ずつ縫い目を付けていくのが原則ですが、寅年の女性だけは年齢分だけ縫い目を付けても良いことになっていました。

戦前の日本では、戦地へ出征していくことは名誉なことであり祝い事とされていました。また、万一戦死したとしても国のために「英霊」になって帰ってきたのであり悲しむべきことではないとされていました。しかしながら、人々の正直な願いはただただ「生きて帰ってきて欲しい」ということであり、その願いが込められているのが千人針なのです。

お宝ざくざく 文化財収蔵庫
9:00~17:30 土日祝も開館(月曜休館)●南城内10-2 TEL:06-6489-9801


桃谷和則
尼崎市教育委員会学芸員