THE 技 世界に誇る、日本の顔そり

ものづくりのまち尼崎に息づく匠の技の数々。最先端技術、職人技、妙技、必殺技…。
アマから繰り出されるワザに迫る

仰向けになり目を閉じる。店内に漂う整髪料の香り。たっぷりと泡立てた温かいクリームが塗られ、ゾリゾリと産毛が剃られていく。西難波町にある理容室ヘアーワークサトウにお邪魔し、この道60年の大ベテラン、佐藤之貞さんに顔そりをお願いした。迷いのないカミソリ捌きに身を委ね、ああ、至福のひととき。

「顔そりをすると肌が光ってきます。お化粧のノリも良くなりますよ」と佐藤さん。鏡を見ると、ちょっと若返ったような気も。理容業界でも女性向けのシェービングをお薦めしており、顔そりだけというお客さんもいらっしゃるとか。

佐藤さんが店を構えたのは昭和38年。専門学校を卒業後、他店での修業を経て26歳の若さで独立した。修業時代、カミソリの扱いには特に緊張したという。肌に刃を当てる感覚を身に付けるため、タオル洗いや掃除の合間に自分の膝や腕に石鹸を塗って練習した。「腕の毛なんか、いつもなかったですね」。理容室で当たり前のようにお願いできる顔そりは、佐藤さんをはじめ、厳しい修練で培われた理容師の腕で支えられているのだ。実は、顔そりは日本以外では一般的なサービスではなく、海外でも、その技術や気持ちよさが高く評価されているのだそう。

佐藤さんは市内の理美容室、クリーニング店が加盟する尼崎市環境衛生協会の会長も務める。「頼まれると、つい断れなくて」と柔和な人柄がにじみ出る笑顔。市内の理容室は約160軒で減少傾向にあるが、「心配はしてないです。お客様とのコミュニケーションを大切にしていけば大丈夫」もちろん、それも確かな技術があってこそ。今日も佐藤さんはお客様を迎え、世間話を交わしながら、お洒落のお手伝いに腕を振るっている。


取材と文/伊元俊幸
どうにも堪え性がない丸刈り系中間管理職