超短編小説 99年後の森に谷口雅美

「苗木の里親になるぞ」
 定年退職した父はそう宣言すると、信用金庫の積立預金を始めた。契約者は二株の苗木を預かり、満期になるとその苗木を臨海地域の土地に植樹するのだ。工場地帯だった広大な跡地に、百年かけて森をつくろうというプロジェクトの一環らしい。
 仕事人間だった父が森づくりに興味を引かれたのは意外だったけれど、「この子らを植樹しに行くんは寂しいなぁ」と言うほど、父は苗木を可愛がっていた。

そんな父に、余命一年という宣告がおりた。植樹祭の案内が届いた直後のことだ。最悪の結果に、母も私も顔色を失った。父が一番冷静で、「定年退職後でよかったな」と言い、「植樹祭には行くから」とさっさと申し込みをしてしまった。
 手塩にかけた苗木たちの面倒は、最後まで見る―責任感の強い父らしい行動だった。

植樹祭には家族三人で参加した。
 二年育てても、苗木はまだまだ小さい。森になるには百年かかるというのも頷ける。
「見ろ。うちの子らが一番立派や」植樹を終えた父が満足そうに言う。
「親の欲目やね」と苦笑する私たちに、父は言った。
「また新しい子が来るからな。もう申し込みしといた」
 余命一年で里親になるなんて――困惑する私たちに、父は頭を下げた。
「すまんけど、世話してやってくれな」
「世話はええけど……なんで里親にこだわるん?」私の言葉に、父が苗木たちを指差した。
「俺が死んで99年後にこの子らが森になる。99年やからな。森が見られへんのは俺だけやない。そう思たら、なんとなしに気が収まるんや」
 性格悪いやろ、と父は泣きそうな顔で笑った。
 余命宣告に動じないわけがない。冷静でいられるはずがない。一番悔しいのは父なのだ。
「それにな、あの子らはどれぐらい育ったかなって考えるんもええやろ? 死後の楽しみは、多ければ多いほどええ」
 父の愛情が根付いて、99年後に森となる――ここに「父の想い」は残り続ける。
「ええね。私らも死後の楽しみにしよ」そう言うと、母も涙を浮かべながら頷いた。
 ざぁっと風が吹き、小さな木の枝が賛成と言いたげに静かに揺れた。


作・たにぐちまさみ
尼崎市で生まれ育ち現在も市内在住の作家。人気短編小説シリーズ『99のなみだ』(リンダパブリッシャーズ)他、著作多数。宮司住職牧師によるラジオ番組『8時だヨ!神さま仏さま』でアシスタントも務める。