3時の働くあなた

神田温泉

深夜2時の閉店後、静まり返った浴場内にタイルを磨く音が響く。

尼崎最大の歓楽街「中央」が近い神田北通。ここに深夜2時まで営業する銭湯「神田温泉」がある。閉店直後の店内に入ると、浴場にパンツ姿で一人黙々と仕事をする“3時の仕事人”がいた。78才とは思えない引き締まった体つきの福田博信さんが、この広い浴場を磨き上げる。キャリアはおよそ20年。定年退職後に求人広告で見つけて以来、名神町の自宅から自転車で通い続けている。

朝6時には開店するため、掃除できるのは深夜2時から4時のわずか2時間。まさに時間との戦いだ。まずは専用の洗剤をつけたタオルで洗い場を丁寧に磨いていく。排水溝のフタも一つずつ外して磨く丁寧な仕事ぶり。たった1日で水垢や脂は容赦なくこびりつくのだとか。「汚い仕事やから若い人は続かんねえ」という福田さん。

その後もマット、洗面器、カランなどを一心不乱に約1時間磨き上げ、最後は高圧洗浄機で一気に流して終了…と思いきや「洗うところなんてなんぼでもあるよ」と言う福田さん。時間は深夜3時、ここまではフィギュアスケートで言えば“ルーティーン”、ここから福田さんの華麗なる“フリー”演技が光る。

歯ブラシやヘラやスポンジなど様々な道具が入ったバケツから、まずはドライバーを取り出しカランやシャワーのレバーを一つ一つ閉めてまわる。「毎日何百回も使うところだからすぐにゆるんでしまう」のだそうだ。さらに「ローリングバス」と書かれた看板のねじを取り外して、その裏までも洗う細やかさ。2時間ですべては磨けないため、浴場の隙間にある普段は目に見えない汚れを毎日少しずつつぶしていく。

この日のテーマはカラン下のタイルの目地のようだ。バケツから歯ブラシを取り出し、一本一本丁寧にこすりあげ水垢が一気に流れ落ちる様子は、見ているだけで爽快な気分になるから不思議だ。

「言われたことだけでなく、自分で道具まで考えて掃除してくれる。福田さんが辞める時が店を閉める時ですわ」と店主の五島明彦さんも絶大な信頼を寄せる。

仕上げのガラス磨きを終えた福田さん、突然パンツを脱ぎ始めた。「今から一番風呂に入るんですわ。これがこの仕事の楽しみ。一緒に入っていったら?」と誘われたので、ピカピカの浴槽に浸かり、来年1月に白内障の手術を受けるという話を聞いた。「あと5年しか生きないんやったら手術はせんけど、まだ20年は生きるつもりやから」と笑う仕事人。こんなかっこいい78才が下町の銭湯を支えていた。

この日のお夜食
「パン半分とコーヒー」

前屈みで仕事をするため食べすぎると気持ちが悪くなるそうで、仕事前0時の夜食は軽めのメニューをスポーツニュースを見ながら食べる。熊本出身の福田さんは地元の大スター川上哲治以来の巨人ファン。


取材・文/わかさけんさく
この連載担当の永井さんが今回は寝坊で欠席のため、若狭が書きました。