尼崎的プロ野球名鑑

ミスタータイガ―ス、メジャーのワールドチャンピオン、世界の盗塁王、記憶に残る名選手…みんな尼崎ゆかりの選手だった。「南部再生」が(勝手に)選んだ尼崎的オールスターを一挙紹介。

11 村山 実(むらやま みのる)
住友工高―関西大―大阪阪神

闘志むき出す炎の大投手

阪神の永久欠番となった背番号11を背負い、「ミスタータイガ―ス」として長嶋と渡りあった。闘志むき出しの投球フォームは「ザトペック投法」と呼ばれ、1970年にはシーズン防御率0.98を記録。通算222勝で現役引退後は、監督として阪神を率いた。

[尼的逸話]尼崎出身の大投手の功績をたたえて、出身校の尼崎産業高には銅像が建てられている。

28 江夏 豊(えなつ ゆたか)
大阪学院高―阪神―南海―広島―日ハム―西武

20世紀最高の投手の一人

シーズン奪三振401は現在も世界記録として燦然と輝く。オールスター9連続奪三振や日本シリーズで1点を守り切った場面を描いた小説『江夏の21球』など伝説多数。優勝請負人として渡り歩いた左腕は、野球ファンから「最高の投手」との呼び声が高い。

[尼的逸話]園田中学時代は先輩を殴り野球部退部後、陸上部で砲丸投げ近畿第2位の記録を出し尼崎大会で優勝。

14 伊良部 秀輝(いらぶ ひでき)
尽誠学園高―ロッテ―ヤンキース―ワシントン―テキサス―阪神

海を渡った永遠の野球少年

158キロの速球日本記録を出したロッテ時代の「平成の名勝負」、ヤンキースでワールドチャンピオンに輝き、メジャーを渡り歩いた孤高の剛腕。帰国後は阪神の優勝にも貢献し日米通算106勝を記録し引退。今年7月惜しまれながらこの世を去った。

[尼的逸話]沖縄県宮古島で生まれ尼崎で育ち、常光寺小~若草中時代に、兵庫尼崎ボーイズで活躍した。

7 福本 豊(ふくもと ゆたか)
大鉄高―松下電器―阪急

阪急支えた「世界の盗塁王」

通算1065盗塁は今も破られない日本記録(当時は世界記録)。「世界の盗塁王」として今はなき阪急ブレーブス黄金時代を支えた名選手は、引退後も解説者として活躍。軽妙な語り口で野球ファンを楽しませてくれている。

[尼的逸話]阪急時代から武庫之荘にお住まいなのは有名な話。子どもの運動会で走塁を披露したことも。

1 池山 隆寛(いけやま たかひろ)
市立尼崎高―ヤクルト

甲子園出場で尼を湧かせた男

市立尼崎高校卒業後、ヤクルトに入団。力強いフルスイングから「ブンブン丸」の愛称でファンに愛され、5年連続30本塁打を記録し、遊撃手としても華麗なグラブさばきを見せた。引退後は解説者を経て、現在ヤクルト2軍打撃コーチを務める。

[尼的逸話]尼北リトルで全国一に。現役時代、後援会の粗品に地元尼崎銘菓の「ホームラン最中」をよく使ったとか。

3 羽田 耕一(はだ こういち)
三田学園高―近鉄

近鉄が誇る和製長距離砲

4打席連続本塁打(日本タイ記録)や『江夏の21球』の初球安打など記憶に残る近鉄の4番。高校時代と近鉄入団当初の寮生活以外はずっと杭瀬で暮らし、藤井寺へも阪神電車で通った。通算本塁打225本という長打力で3度のリーグ優勝に貢献。

[尼的逸話]杭瀬小に通う頃は大人にまざって今福公園で白球を追った。当時の憧れは村山実、地元の大先輩である。

28 金刃 憲人(かねと のりひと)
市立尼崎高―立命館大―巨人

巨人期待の速球派左腕

市立尼崎高校から立命館大学へ進学し、日本代表にも選出される活躍から2006年希望入団枠で巨人に入団。1年目から先発ローテ入りし7勝を挙げ注目を集めた。2軍や中継ぎを経て、今年5月には4年ぶりとなる先発勝利。速球派左腕に期待が高まる。

[尼的逸話]兵庫尼崎ボーイズで全国優勝。園田中学の一年先輩には現在のチームメイト野間口貴彦もいる。