マチノモノサシ no.11 尼崎の雇用事情

尼崎にまつわる「数」を掘り下げ、「まち」を考えてみる。

新規求職者数 前年比3割増

「100年に一度」の不況は、労働者の街といわれた尼崎にどんな影を落としているのだろう。雇用の何がいま課題になっているんだろう。

現状を聞こうと訪ねたハローワーク尼崎の窓口は、年齢・性別を問わず職を求める人たちで混み合っていた。連日1時間以上の待ち時間だという。今年2月の新規求職者数は2364人。前年同月に比べ約3割も増えた。一方の有効求人倍率は、この1年間で0.87から0.64に急落。「年度初めの4月は例年混むんですが、今年は3月の時点で既に昨年4月並みでした」という職業相談部長の森利通さんは、最近残業続きだそうだ。「われわれが忙し過ぎるのは雇用情勢がよくないということなんですが…」と苦笑する。

今後も悪化が予想される状況に対し、働き手と働く場をつなぐ試みは、市内でも数々取り組まれている。

企業経営者たちで作る「尼崎雇用対策協議会」は、市内約20社の協力を得て5年前から就業体験ツーリズムを実施。工業高校の生徒に企業実習の機会を提供している。「若者の製造業離れを食い止めないと、尼崎の産業は生き残れない」と、藤井克祐専務理事の危機感は大きい。一方の行政は、市のしごと支援課が年に2回、「ものづくり合同就職相談会」を開催。毎回400人の求職者が集まる。「雇用不安を受け、今年は例年よりひと月早い6月にやります」と同課の中田正弘課長。

だが、こうした取り組みが必ずしも成功しているとは言えないようだ。市の就職相談会で実際の雇用につながるのは1割弱。中田課長によると、「企業が求める人材と求職者のレベルが合わず、雇用のミスマッチが起きている」のが原因で、参加企業を集めるのもひと苦労らしい。中小企業が求めているのは即戦力になる優秀な人材。「昔と違って量より質が求められています」と、雇用対策協議会の藤井専務が経営者の立場を代弁する。新卒を採用して育てる余裕がいまはないのだ、と。

昭和30年代には市内の企業が一丸となって「工業の街」をアピールし、九州出身者を中心に大量の「金の卵」たちを集めた尼崎。しかし、単純作業が機械に置き換えられるようになった現代では、その手法は通用しない。

実は、ものづくりの現場以外でも同じことが起きている。

たとえばここ数年、求人数で製造業を上回り、新たな雇用の受け皿として期待される医療福祉分野。働き手からみれば低賃金がネックだが、雇用側にはこんな悩みがある。「求人を出せば応募は殺到しますが、何でもいいから仕事が欲しい、という人がほとんど。介護への理解や経験がないと…」(市内の障害者作業所所長)。

「経験不問」の求人は少なくなり、「金の卵」頼みも今は昔。時間をかけて「地元の卵」をかえす時代なのだが、大不況の折、企業にも求職者にも余裕はない。尼崎の雇用情勢は数字以上に深刻なようだ。活路はやはり、職業訓練とマッチングの地道な取り組みにしかないようなのだが…。■尼崎南部再生研究室

新規求職者数と有効求人倍率の推移 増える求職者、低下する求人倍率

兵庫労働局ホームページ「労働市場月報ひょうご」より尼崎安定所データを抜粋