サイハッケン 工都の変遷を伝える鳥瞰図があった。

長く住んでいても意外と知らないまちの愉しみ。「へえ~」と目からウロコの再発見!
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「大尼崎鳥瞰図」市立地域研究史料館所蔵

「鳥瞰図」がちょっとしたブームらしい。そもそもは、大正から昭和初期にかけて起こった一大観光ブームの中、画家たちが描いた街の絵図が全国各地で発行されたもの。第一人者の吉田初三郎への再評価の機運が高まり、一般の人の目にも触れる機会が増えたことがきっかけのようだ。

尼崎にもある。市立地域研究史料館の壁に飾られている昭和8年の「大尼崎鳥瞰図」。大阪で挿絵の仕事をしていた牧生騏(まきせいき)の筆によるものだが、じっくり眺めると、これが面白い。名所観光地図として発行された他地域のものとは全く趣が異なるのだ。

大阪湾上空から現在の尼崎市とその周辺を眺めた構図。まず目に付くのは阪神電車以南の過密ぶり。工場や商店の名前がおびただしいばかりに描き込まれ、当時の尼崎が南部を中心に、いかに都市化していたかを物語る。杭瀬駅周辺には家々が密集し、神崎駅(現在のJR尼崎駅)前には、今はなきキリンビールの工場も見える。

尼崎商工共和会(現在の尼崎商工会議所)から発行された「大尼崎鳥瞰図」は当時1万部作られ、全国の官庁や企業に配られた。

当時は尼崎市が周辺の小田村、大庄村との合併を目指していた時期。内外に街の繁栄を伝え、「大尼崎」として結束する必要をアピールしたかったのだろう。

尼崎ではその後、昭和11年、昭和15年と鳥瞰図の発行が相次ぐ。(後の2作の作者はカ仙(かせん))。「昭和11年は小田村合併の直後。さらなる合併へと士気を高めたかったのでは?」と、同館の辻川敦館長はいう。

鳥瞰図は、地図として正確性を追求したものではないが、詳細な住宅地図などがほとんどなかった戦前に、これだけの情報量を持つ地図は珍しいそうだ。かつての街の姿をビビッドに伝える鳥瞰図は、工都の変遷を探る貴重な手かがりなのだ。

*カは目ヘンに華


取材と文/香山明子
いつも自転車で走り回る時には地図をカバンに。地図(+鳥瞰図)マニア。