フード風土 16軒目 味のとんかつ 大富士

よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。

昭和のデミグラ 青年よ、トンカツを喰え

つけ合わせのキャベツは定番の千切りとカレー味の2種類

受験シーズンである。「キットカット」で「きっと勝つ」だの、「キシリトール」で「きっちり通る」だの、最近じゃ合格祈願のだじゃれも進化しているらしいが、ゲン担ぎの王道といえば「カツで勝つ」、カツの王道といえば「とんかつ」、これしかない。若者よ、人生の大勝負の前にはスタミナをつけにゃいかんのだ。

JR立花駅を北へぶらぶら行くと「味のとんかつ大富士」はある。カウンターのみ8席。36年前、近在の若い衆の強い味方として開店した。「このあたりは企業の独身寮がいっぱいあってなあ。3交代勤務の人が代わる代わる来て、朝から夜中まで客が途切れる間がなかったわ」と店主の川崎毅市さん(68)。「初めての土地で女房と二人、のるかそるかで始めた店やからね、こんなに儲かるんかと最初はびっくりした」と懐かしそうに目を細める。

壁一面に飾られた豚、ブタ、ぶた…。置き物、貯金箱、木彫りなど1300点。開店当時から二人で買い集めている。

「大富士」はもともと、川崎さんが修業した大阪・心斎橋の老舗店の屋号。そこで修業した人たちがのれん分けで次々と店を構え、いまや「大富士」は関西一円に10数店を数える。妻・富子さん(64)の父や兄弟も十三や堺、東大阪に同じ看板を掲げるとんかつの名門ファミリーだ。

定番のとんかつ定食(850円)を注文する。同業者をもうならせた柔らかなロースは、長年御用達の業者から。噛むほど口中に広がる滋味…。肥えすぎにつき「肉断ち」中の身だが、この際忘れてしまおう。

最大の特徴はデミグラスソース。昭和のハイカラ洋食の記憶を受け継ぐ上品でマイルドな味。毎朝毎晩、スープとメリケン粉、野菜を煮込んでは裏ごしを繰り返し、2、3週間かけて完成させる。「作り方をどうしても知りたいというお客さんもいるんやけど教えられへん。秘密ということやなく、小さな感覚、簡単なことの積み重ねやから言葉ではよう説明せんのですわ」。

やれブランド肉だロハスだと高級素材ばかりがもてはやされる昨今。でも小さな店だからこそ保てる「質」があるんですなあ。若者よ、受験の前に大富士のとんかつ食って人生の進路を考えるもまたよし。■松本 創


16軒目 味のとんかつ 大富士

立花町1-14-19
立花駅から徒歩3分
日曜定休 06-6427-9987
11:30~21:00