叫べ!まちの市場たち ICHIBA CALLING 第1回 尼崎市中央卸売市場

「昔は客も多くて、すれ違うのも大変やったわ」と遠い目をするのはまだ早い!まちに、生活に、ベッタリ密着した買い物処、小売市場の今に迫る。

キング オブ イチバ!尼崎市中央卸売市場の今

「24時間眠らない」と聞いて何をイメージするだろうか。コンビニ、牛丼屋、密着警察24時…?しかし、あまり知られていない「24時間」がここにもある。

潮江にある尼崎市中央卸売市場。昼夜問わず品物が運び込まれてくる、その敷地面積は甲子園球場の約1.5倍。新鮮な野菜や水産物が所狭しと並ぶ広大な市場だが、卸売市場の規模としては小さい方だという。誕生は昭和28年。全国に86ある中央卸売市場のうち、12番目にできた。

ここがアマの台所
この日のセリの名残り、書きなぐられた文字が生々しい。
棟内には中卸業者がならぶ。
スーパー向けにパック詰めをする奥様方

まちの小売市場の商店主がこぞって仕入れに行くのが卸売市場。そう思っていたら、近頃はちょっと様子が違うらしい。取引先の中心はいまや小売店よりスーパー。それに伴って売り方も変わってきた。卸売市場といえば誰もがイメージするセリも消えつつあるという。スーパーとしては、セリで当日商品の値段が決まるのでは遅すぎる。チラシを印刷できないからだ。そういった事情で現在は相対取引が増えている。関東では何と約9割が相対取引だという。

昔ながらの光景がなくなるのは寂しいが、卸売市場も生き残りをかけている。鮮度を保つために低温貯蔵をしたり、スーパーですぐに商品を並べられるよう野菜を小分けのパックにしたりする。毎年10月には一般市民にも開放する市場まつりを開き、数万人を集める。

「昔は距離、今は時間」。管理事務所の方の言葉が印象的だった。昔は尼崎の商店なら距離の近いこの市場に仕入れに来てくれた。でも道路事情がよくなったいま、神戸や大阪の大きな卸売市場へ行く時間もあまり変わらない。そんな中で尼崎のこの市場を選んでもらうためにはー。管理事務所の方や中卸業者の方が口を揃えて仰っていたのは「消費者ニーズの把握」。私たちが普段何気なく手にしている食品の裏側には、卸売市場の厳しい現実がある。

memo

暮らしに必要な生鮮食品を、適正な価格で安定的に供給するという理念を掲げた「中央卸売市場法」が公布されたのは大正12年。教科書でお馴染みの「米騒動」がきっかけだったというから日本史マニアの私としては興味深い。


北條美代●ほうじょう みよ
1985年生まれ。大阪府茨木市で太陽の塔を眺めながら育つ。10代最後の年にアマと市場に出会い、現在その魅力を探訪中。趣味はお寺巡りと散歩。