論:商店街に憑く亡霊 株式会社丸越 橋本 敏信

昨年発表した商店街を舞台にした小説「ロクさんの事件簿」。実在する商店主たちをモデルに尼崎の商店街がいきいきと描かれたこの作品の作者、橋本敏信さんが登場。小説家でもあり、新三和サンロードと中央商店街で婦人服店を営む彼の目に、実在する商店街はどう映るのだろうか。

大型店のせい…だけじゃない。最大の原因は過去の繁栄にある。

笑い話のような話ですが、今から17年前に、婦人服店の婿養子として尼崎に来た当初、わたしは養父から任された「中央商店街」にある店から、「新三和サンロード」の本店に行くのに、道に迷ってしまうことがよくありました。それはここがたくさんの商店が入り組んだ巨大な迷路のような商店街であったことと、歩いているお客さんの数が今とは比べ物にならないほど多かったことにあったのです。つまりわたしは、道行くたくさんの人の流れにのって歩いていくうちに、曲がるべきところを見失い、迷ってしまったというわけでした。それほど、わたしが来た当時でも凄い人通りでした。

闇市から高度成長期へ 県下随一の商店街だった

商店街がいちばん賑わったのは、昭和20年代の戦後復興期から、昭和40年代中ごろの高度成長時代です。「新三和サンロード」界隈は戦後すぐに闇市がたったところで、京阪神や西大阪からたくさんの「買出し」客で連日ごった返し、身動きの取れない状態だったそうです。その後闇市は「三和復興市場」となり、「新三和サンロード」と名を変え、昭和20年代後半には県下初のアーケードもでき、復興した「三和市場」や「三和本通り商店街」、そして「中央商店街」とともに繁栄を謳歌しました。

過去の成功体験が空き店舗を増やした

新三和サンロード

この地の商業復興の牽引役だったその「新三和サンロード」もいまや半数以上が空き店舗といった状況です。そうなった原因はスーパーやショッピングセンターなど、競合する商業施設の台頭などが考えられますが、わたしは最大の原因は、繁栄を極めた闇市時代の「成功体験」にあったのではないかと思えてなりません。商品を並べさえすれば勝手に売れていくといった、いわば「商品に飢えた買出し客相手のボロ儲け」という「成功体験」が、「買出し」から「ショッピング」へと変化をとげた時代の趨勢を読み取る目を曇らせ、亡霊のように商店街に取り憑き続けたのではないかと思うのです。

巣鴨のお地蔵様が守り続けてきたもの

巣鴨とげぬき地蔵尊、洗い観音。毎月4日・14日・24日には各地から大勢の参拝客が訪れる。

先日、TMO尼崎の北村仁事務局長に誘われて、東京の「おばあちゃんの原宿」と称される「巣鴨地蔵通り商店街」に行って来ました。わたしたちの目の前に現れたその商店街は、まるで繁栄を極めた時代の「新三和サンロード」にタイムスリップしたかのような姿と賑わいぶりでした。通りは人で埋め尽くされ、居並ぶ店はお客さんでごった返していました。わたしはどうしてこんな古臭い商店街がこんなに大勢の人を集めているんだろうかと疑問に思いながら商店街を歩いて行くうちに、その理由がわかりました。商店街の中にある「高岩寺」というお寺の境内に、さわれば病気や怪我が治ると言い伝えられてきたお地蔵様が鎮座ましていて、たくさんの参拝客たちがその周りを取り囲んでいたのです。そして商店街の人たちのお客さんを迎えるやさしい笑顔。わたしはきっとお地蔵様が、多くの人々を癒し続け、商人たちに取り憑こうとする、過去の「成功体験」という名の亡霊を、追い払いつづけてきたのに違いないと思いました。

「元気まち商店街ロクさんの事件簿」

橋本敏信著 2003年作 新生出版 ¥1,300 商店街の抱える問題をミステリー仕立てでリアルに描写した作品。


はしもと としのぶ

1955年兵庫県氷上郡柏原町生まれ。仲間とともに立ち上げたコンビニエンスストアの店長を経て、株式会社丸越の婿養子となる。本業に精を出すことが結局、地域活性化につながっていくと信じる。