フード風土 10軒目 豚まんの百万

よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。

モチっと豚まん ああ尼センの味

せいろで蒸す時は5×5で25個を一度に。看板の豚まん以外にもシュウマイ、餃子を作っているので朝は大忙しの田村さん

「食」の最先端いうたら、いまやデパ地下やろ。尼崎にもあるで。ほら、阪神尼崎駅降りてすぐ。いや、いわゆる百貨店とはちゃう。地下でもないし。最先端…とはお世辞にも言えんか。でもなあ、しみじみと変わらん良さがあるんや、「尼センデパート」。この春、オープン40年を迎えたそうや。

その尼セン開業当時から人気の名物豚まんがあると聞いてな。1回食わしてもらおちゅうことで訪ねてみたんや。「百万」いう店や。「ああ知ってる」いう人も多いやろ。なんせ豚まん一筋、尼セン一筋40年やからな。

店先のケースをのぞくと、おお、あるある。ツヤっと白い肌のまるいのんが並んどるがな。店主の田村哲夫さん(56)がニコニコしながら1個取ってくれた。「はい、辛子つけんでもいけるで」。おおきに、ほないただきます…と近づけた鼻に滑り込むこの香り! 蒸しもの独特の、なんちゅうか、ほくほくした香りや。

ぎゅっと詰まった具は黒豚肉と淡路産タマネギ。味付けは塩コショウにほんの少しの醤油だけ。背脂を混ぜた豚肉の旨みだけで食わすあっさり味や。その分、皮はモチっと適度に締まって、なかなか食べ応えがある。

「耳たぶの硬さにしたこの皮が、先代の親父から受け継いだうちの特徴なんですわ。具なしで皮だけ売ってくれいうお客さんが何人かおったぐらい」

へえ、皮だけを?それ美味しいんですか。

「そんなもんあきませんて。蒸す間に具のエキスや脂がじわじわ染みていくから豚まんはうまいんですわ」と田村さん。そうか、そうですわな。でも、そんな「皮ファン」が生まれるぐらい、親父さんの代から一貫した味を守ってるいうことですな。

「まあそやね。毎朝、発酵させた生地を練るんやけど、気温によって力の加減も時間も違うしね。慣れですわ」

1個100円に込められた長年の勘。職人は指先と手のひらで味を覚えてるいうこっちゃ。えらいもんや。

「あの味をもう一度」いうて地方発送の注文も多いんやて。ええおっさん、おばはんになった元尼っ子が豚まんパクついてる姿を想像すると、結構楽しいもんや。そんだけファンがおったら支店出してもいけますなと聞いたら田村さん、「そしたら機械入れるか、だれか別の職人雇わなあかんようになる。そうなったら同じ味守る自信ない」。

最先端やなくても、おしゃれやなくてもええ。尼センでしか食われへんあの豚まん。それが最高なんや。■松本 創


10軒目 豚まんの百万

神田中通2-28
尼センデパート内
06-6411-9009