フード風土 9軒目 お食事処 ちとせ食堂

よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。

杭瀬に根付く親子丼 無心でかき込むべし

天婦羅丼(左)と親子丼(右)

「丼は小さな宇宙だ」とは誰の名言だったか。無数の飯粒の間に染み込む煮汁の香り、具とご飯の出会いが生む複雑にしてふくよかな味わい。丼鉢にご飯を盛り、具を載せるだけというシンプルな構造の中に、ほとんど無限の可能性を秘める。宇宙。そういわれれば確かにそんな気がする。

杭瀬に旨い親子丼があると聞き、食指が動いた。向き合うのに少々気合がいるカツ丼、ちょっと気取った鰻丼、金も食欲もないけど何か腹に入れとくか─と消極的に選ぶ玉子丼。どれとも異なる、普段着の「地に足がついた」感じがいい。駅から数分の栄町商店街。ひときわ年月を感じさせる西端の一角にある「ちとせ食堂」の暖簾をくぐった。

30年前から時が止まったような風情は店構えだけじゃない。親子、他人、天ぷらと丼は軒並み400円。麺類も、かけ190円、きつね260円の駅そば価格。おっ沖縄そばも。しかも200円。丼のあとで食うとするか。そんなことを話しつつ待つこと数分。

青い陶製の丼鉢が目の前に置かれた。飯の上にふわりと広がる卵の雲。その間に散りばめられた鶏肉と青ネギ。余分な装飾はない。くどくど描写するのがバカらしくなるほどに正統派の親子丼。味わうのに奥義があるとすれば、それは無心にかき込むのみ。

箸を割り、丼の中ほどまで差し入れて一口。のども詰まれと二口。口の端に飯粒つけて三口…。しまった、ご飯を多く残しすぎた。でも心配は無用。黄色いタクアンが横に控える。ふだんはあまり手をつけないが、丼の時にはなぜか無性に欲しい。

隣では、同行の連れが天婦羅丼をかき込んでいる。といっても、エビ天や野菜天の「天丼」じゃない。そばやうどんに載せるのが似合う衣だけ─具はわずかなサクラエビのみ─の天ぷらが、煮汁をたっぷり吸い、卵の下から顔をのぞかせている。スキを見て箸を伸ばす。駅そば好きにはたまらない味だ。

開店約60年。昭和29年に沖縄から出てきた2代目のご主人は、先代から店を任されて30年になる。以来、価格はほぼ変わらないのだという。

「地元の人相手の商売やからねえ」

話を伺おうとすると、何度もそういってためらわれた。一見の客が増えて、常連さんに迷惑がかかりはしないかと、気にしておられるのだ。なるほど見回せば、仕事を終えジャージ姿でくつろぐおっちゃん、小学生の子を連れたお母さん、銭湯帰りに洗面器を持ったまま一杯やるおじいさん。

最後に沖縄そばをすすった。飾り気のなさと、温もり。杭瀬の町と同じ味わいがあった。■松本 創


9軒目 ちとせ食堂

杭瀬北新町3-3