南部再生第13号:もくじ
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地域ブランドを育てる

どら焼き「神輿」は一つ100円
ちょっとぜいたくな栗入りは120円
寶屋遊亀
杭瀬本町1-18-20
06-6481-1680

 「和菓子屋にとってまちのイメージは大きいですよ」そう語る箕浦康之さんは尼崎杭瀬で昭和3年に創業した和菓子屋[寶屋遊亀(たからやゆうき)]の3代目。「うちは京都どすえ」という店のイメージが、大きな付加価値を生む和菓子業界。それくらいまちのブランド力が商品に影響する世界なのだ。

 「尼崎というブランドを育てないといけない。下町や工業都市というこれまでのイメージではなくて、古い歴史や文化、地域性をこの店から発信したい」と新商品としてどら焼き「神輿(みこし)」を発売。地元・杭瀬熊野神社のお祭りで、地域の人に福を分けて練り歩く神輿のように、地元で愛されるお菓子にーという想いが名前に込められた。

 「尼崎の人に親しんでもらうためには、敷居が高すぎてはいけない」と語る箕浦さんが新商品に選んだどら焼きは、品格を守りながら、身近で庶民的なお店やまちのイメージと重なった。

 2001年からは百貨店のバレンタイン商戦にも参入。チョコレートをおもちで包んだ「ショコラデユウキ」がヒットし、和菓子と洋菓子の垣根を超えた型破りな活躍に、市外からも注目が集まる。「すごい和菓子を作ることで尼崎のイメージを変えたい。これからも、うちは尼崎で作っていますと胸を張って言い続けますよ」。

世界でイチバン

 陸に尼崎港駅、海に運河。尼崎南部は、原料や製品の輸送に適した土地だった。その立地の良さから、明治時代から大工場が相次いで建てられたと同時に、いくつかの国内初をも生んでいる。ここでは、現在も躍進する2社の製品を紹介する。

板ガラスの工業化 - 旭硝子

 文明開化と共に広まった鉄道、煉瓦造の建物などは、ガラスを使うものがほとんど。当初は輸入品に依存していたが、近代化を進めるためには、国産化による低価格化が急務であった。しかし、江戸時代から官と民の両方で試みられるも、失敗の連続。 旭硝子は、製造窯の設計など、ベルギーの窓ガラス製造技術を持ち込み、1909年、国内で初めて板ガラスの工業化に成功した。創業の地、関西工場(西向島)では、現在板ガラスの生産に代わり、プラズマテレビと液晶テレビ用のディスプレイを生産。その世界シェアは9割を超える。

チタン製造 - 住友チタニウム

住友チタニウムの本社工場。運河に面した立地がよく分かる

 耐食性に富み、丈夫で軽い夢の金属チタン。しかし、原料であるチタン鉱石からチタン金属を単体で分離するには複雑な工程が不可欠。1790年にイギリスで発見されるも、製造が可能になるまでに120年を要した。住友チタニウムは1952年、ここ尼崎で国内初のチタン生産に成功。以来、生産量と品質は世界屈指。現在は99・995%という高純度チタンも製造。その地位は揺るぎそうにない。