南部再生第13号:もくじ
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まちの記憶が詰まった逸品

進化し続けるマルカの湯たんぽ

マルカの湯たんぽには4つの特許技術が使われている。湯の温度が下がった際、内部の気圧低下による凹みを防ぐ空気弁付きのキャップ、同じく凹み防止と強度確保のための支持棒、みかん締めと呼ばれる本体部品の接合技術、そして電磁調理器(IH)に対応するために底面をフラットにした形状だ。
マルカの湯たんぽ (オープン価格:実勢価格1,200円前後)

 湯湯婆と書いてゆたんぽと読む。湯婆は中国語で「お母さんの暖かさ」という意味だ。国内では、昭和30〜40年代、一度ピークを迎えたものの、電気あんかやエアコンなどの暖房器具の普及によって、低迷の時代を送ってきた。しかし近年、健康ブームに乗って若い女性を中心に再び需要が拡大している。「マルカの湯たんぽ」は、高度な製造技術とユニークな発想で、今も進化を続ける製品である。

 「勝手に進化するのではない。我々が進化させたのです」とマルカ金属社長、西良寿夫(さいりょうかずお)さんは語る。2000年、36才で社長に就任。以来数年間で市場に送り出した新製品は、会社創業からの商品数を大きく上回る。商品開発にあたっては、素材、サイズ、デザインからネーミングの決定に至るまで総務、製造、営業など役職の垣根を取り払い、車座になって話し合う。IHへの対応はその成果のひとつだ。他にも、熱湯を扱うことに着目した持ち手付きのジョウゴ、温めながらつぼを刺激する樹脂製の湯たんぽも開発。従来の亜鉛メッキ鋼板より耐食性を8〜15倍も高めた新素材「スーパーダイマ鋼板」および「チタン鋼板」は、他の湯たんぽメーカーに先駆けて、いち早く導入を決めた。

 新しく柔軟な発想を追及する一方で、守らねばならないものもあるという。独自の製造技術だ。例えば、空気調節弁付きのキャップ。「うちが続けなかったら、これを作る技術は未来永劫失われてしまう」。

 だが、厳しい現実がある。キリンビールの尼崎工場跡地を中心とした、潮江地区の再開発の計画だ。計画の内容によっては、工場は移転を余儀なくされる。その場合、必ずしも市内で続けられるとは限らない。近い将来、この湯たんぽがメイドインアマガサキでなくなる日が来るかもしれないのだ。

マルカ金属
潮江5-3-45
06-6497-3961

江戸時代から受け継がれる桝千の天ぷら

桝千の白天(160円)
かまぼこづくりに新鮮な魚は欠かせない。尼崎で数多くのメーカーが生まれたのは、かつてこのまちの港で新鮮な魚が揚がった証拠だ。江戸時代、中在家町や築地には漁師や魚商人が多く住み、魚市場が栄えた漁港だった。東京の魚河岸で知られる築地は、尼崎の築地から移り住んだ人々がつけた地名だといわれている。

 揚げたての天ぷらを求めて行列ができる。天ぷらといっても衣のついたアレではない。はんぺんやゴボウ天、白天といったおでんの具として活躍する揚げかまぼこを関西では天ぷらと呼ぶ。尼崎はムラカミ食品、和田八、尼米といった数多くの名門かまぼこ・天ぷらメーカーを輩出してきた。かまぼこ発祥の地は尼崎だという説もあるほどだ。

 中央商店街のど真ん中にある老舗「尼崎桝千」は店売りにこだわり、毎日お客さんの目の前で天ぷらを揚げ続けている。「先代のアイデアで揚げているところをお客様に見てもらえるようなお店のレイアウトになってるんです」と話す尾上社長は6代目。江戸末期安政(1854〜60)の創業以来、初代・桝本千太郎から脈々と受け継がれてきた味は、グルメ雑誌や新聞でも数多く取り上げられ、尼崎下町グルメの顔となりつつある。

 「白天ゆうてもうちのは白くないんですわ」と尾上さんの言う通り、キクラゲ入りの白天は確かにきつね色をしている。「人工甘味料を使うと焦げ目がつかずに揚がるんやけど、うちは天然の砂糖を使うからどうしても色がついてしまう。他にも人工添加物は一切使っていません」とあくまでも昔ながらの素材にこだわる。

 決してお高くとまっていない。気軽に買える天ぷらの持つ雰囲気に尼崎の土壌が重なる。「まちへのこだわり?毎日必死で天ぷらを揚げる。ただそれだけですわ」。尾上さんのひたむきな姿勢に、150年近くも地元で愛されファンを魅了し続ける老舗の心意気を感じた。

尼崎桝千
神田中通4-86
06-6411-0695