南部再生第7号:もくじ
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論:産業遺産を活かす人の輪を

工業のまちにはたくさんの工場があって、そこにはたくさんの「ひと」がいる。尼崎のことが好きで何とかしたいと思ってる人も必ずいるはず…と信じてお話をうかがったのは、明治41年創業という歴史ある尼崎の企業のトップ。企業と地域のステキな関係はすぐそこに…

あまけん(以下A)●日本が誇る潜水調査船「しんかい」のバルブを東洋精機で作っておられると聞きましたが…

渡邉社長(以下W)●かつては製造や売上のナンバーワンを目指すことが大切と言われてきましたが、これからは高い技術力と「うちにしか作れない」というオンリーワンを目指していかなければと考えています。さらに昨年は非鉄金属の鍛造業界では初の環境ISOを取得しました。これからは「環境との調和」なくして企業はなりたたなくなっています。

A●その意味では、地域とのかかわりを大切にしていかなければならないでしょうね。

W●昔は会社の前の波洲通りもたくさんのお店でにぎわっていました。従業員もこの界隈で飲む機会が多かったんですよ。最近はJR尼崎駅周辺も再開発できれいにはなりましたが、なんか近寄りにくいようで…。

A●まちは発展を望むものですが、変わっていいものと変わってほしくないものがありますよね。

W●まちは刻一刻と変化しているのを感じます。だから私も「尼崎のまちはこんなに変わったんだ」と取引先なんかにはPRしています。まちづくりとまではいきませんが、これも尼崎に会社を構えるものの仕事だと思っていますよ。

A●まちづくりと言えば「財団法人あまがさき未来協会」の理事になられたとか。

W●このたび尼崎経営者協会の会長を務めさせていただくことになりそのご縁で理事に就任しました。先日初めて会議に出席させてもらったんですが、そのあとで、ある市会議員さんが「東洋精機の工場をテレビで拝見しました。ぜひ一度見学させてください」と声をかけてくださり、思わず「どうぞどうぞいつでも来てください」と。

A●そのあまがさき未来協会がまとめた「産業遺産に関する調査研究報告書」の中に東洋精機の木造工場が取り上げられていますが、どうでしょうか。

W●自分のところの工場が意外なところで評価されているのをみて、正直嬉しかったですね。実は壊してテニスコートにでもしようと思っていたところだったんですよ。その矢先に「産業遺産」なんて話を知って「壊すのはいつでもできる。壊してしまったらもとには戻らないじゃないか」と今も倉庫として使っています。これまでは見向きもしなかった従業員たちも「そう言われてみれば扉が大きいな」なんて意外な発見をしたようで。

A●そこで働いている人にとっては、何か自分の家が誉められたような感覚があるかもしれないし、長年汗を流してきた場所には誇りがあるんだなあと気づかされました。

W●テレビで紹介していただいた時も、放送を見たOBからすぐに電話がありました。「あの工場は絶対につぶしたらあかんで」と。私も「産業遺産として我が社の工場が評価されているんだ。だから誇りを持って仕事をして欲しい」と従業員に話すことがあるくらいです。

A●最近では地域の産業を活かした観光を考えようとする「産業観光」が注目されていますが「産業遺産」は地域の観光資源として活用できるんじゃないかと思うんですよ。

W●このあいだふらりと篠山市へ行って、旧町役場の建物でコーヒーを飲んだのですが、古い建物が立派な観光名所になってるんだと感心しました。尼崎でも「近松公園」や「ユニチカ記念館」といった名所を結んで観光コースができるんじゃないかな。

A●そしたら東洋精機の木造工場もそのコースには入ってもらわないと。

W●そうですね。でも実際に見に来ていただいても「何やこの程度か」と言われないか心配です。大分は焼酎、京都は八橋をと製品の製造過程を観光として活用していますが、うちがやっても「はい、これがガスコンロの先っぽですとか、トランペットの口の部分です」と説明しても面白くない。建物だけでなく何か人を寄せる工夫がないと。ただ、これをきっかけに尼崎でも産業遺産の活用を目指す「人の輪」ができたらいいんですが。

A●わたしたち「あまけん」もその「人の輪」に入れればいいと思います。

東洋精機株式会社

非鉄金属の精密型打鍛造品及び高圧バルブのトップメーカー。家庭用ガス機器部品は国内市場の過半数のシェアを占める。国内唯一の艦艇用高圧バルブメーカーとしても有名。長洲本通1-14-37

産業遺産

産業の視点から建造物や機械を遺産として価値を見直そうという考え方。博物館で凍結保存をするだけではなく、活用を前提に現地で動態保存し地域の活性化に役立てようと世界各地で取り組まれている。

船のドックをコンサートができるコミュニティスペースに活用した横浜ドックヤードガーデン、栃木県宇都宮では採石場をファッションショーやギャラリーとして活用するといった先進事例がある。

■渡邉 申孝(わたなべ のぶたか)
1934年奈良県生まれ。
立命館大学経済学部卒業後、東洋精機株式会社に入社。
1996年代表取締役社長に就任。
尼崎経営者協会会長。