世界の運河クルージング 尼崎の運河を活かす知恵を求めて

尼崎で「水辺の再生」「運河の活用」というすがすがしいキャッチフレーズを聞くようになって久しい。再生、活用といっても具体的にどうなることなのかよく分からない。そこであまけん顧問片寄俊秀教授に聞いてみました。「どんな風に活用したらいいでしょうか?」

正面玄関は水辺側 ヴェネツィア

運河の街ヴェネツィアに住むある貴族は語る。

「俺がなぜヴェネツィアから離れないかって?俺は、あのクルマと言う小ざかしい奴が大嫌いで、見るのもいやだからさ!」

たしかにヴェネツィアにはクルマが一台も走っていない。移動の手段はゴンドラとヴァポレットと呼ばれる乗合い蒸気船とモーターボート。あとはひたすら歩くしかない。大理石のアーチが美しいリアルト橋のあたりで、いかにも、という感じでゴンドラから聞こえるカンツォーネの歌い手は、たいがいアメリカ人の観光客。だからゴンドラには乗りたくなかったが、あるとき、列車に間に合わせるには宿から最短距離を行くゴンドラしかないと乗ったら、これが素敵なのだ。最短距離だから、路地のようなビルの谷間の狭い運河を縫っていく。目線の位置が低く、小さな橋の下をくぐるたびに、ドラマチックな光景が次から次へと展開する。どの建物にも水辺に下りる階段があり、見事な装飾が施されている。つまり、これまで街歩きで見てきた風景は、裏側ばかりで、じつはこちらが正面玄関だったのだ。

乗客で満員のヴァポレットでは、ものの見事に財布を掏られた。妙に押してくる奴がいると思ったら、次のステーションで船出の間際にすばやく下船していった男がいた。あっと気づいて「コラ待て!」と言ったが、遅かった。銀行で現金を引き出してすぐなのにとポリスにぼやいたら、クリスマスの季節とて「メリークリスマス!」と、奴を祝福しおった。

どの家にも船着き場 バンコック

首都の真ん中を雄大につらぬくチャオプラヤー河を無数の船が行き交う。そこから支流に入ると小船が行き交う網の目のような運河地帯が無限に広がっている。200万人近くもの人々がこのあたりの水上で暮らしていると言う。ここでも表通りは運河だ。どの家にも板を突き出した船着場がある。水上マーケットでは山と積まれた色とりどりの果物や魚、それに船の上で煮立てたトムヤムクンのスープが売り買いされている。「水まつり」のときには、川の水を誰かれなく浴びせ掛けていいそうで、日本からの観光客がなぜか一番の標的にされると聞いた。おごれる日本久しからず、なのだろうか。泥水をかけられると、ぶつぶつが出来たりするとも聞いたが、子どもたちは平気で泳いだり口をすすいだり、しなやかに水とたわむれている。

インド、マレーシア、タイ、ヴェトナム、中国、そして琉球列島を経てわが国の瀬戸内の家舟まで、オーランラウト(漂海民)と呼ばれる水上生活の人々の暮らしと血は脈々とつながっており、日本人のもっとも主要なルーツの一つであるとされている。われわれが運河に背を向けた暮らしを始めたのは、そう古い話ではないのだ。

鼻をふさいで周遊 マラッカ

大航海時代の交易の中心地であったマレーシアのマラッカで、運河クルーズに乗り込んだ。観光船はランチ風の軽快なスタイルで、泥水を巻き上げて町のど真ん中を上流に向かって走り出した。うっ臭い!巻き上げたヘドロが発する猛烈なイオウ臭に、観光気分は一気に萎える。それでも水辺には巨大なトカゲやムツゴロウが居て、悪水のなかを悠々と泳ぐさまは、やはり亜熱帯の風景だ。杭上ハウスの間を縫って約一時間。かつても栄光を物語る壮大なカテドラルや、しっくいで固めた味のある瓦ぶきの商家が軒を連ねるチャイナタウンなど、結構見せ場もあったが、鼻をふさいでのクルージングは、今思い出しても胸が悪くなる。尼崎でも水質の改善はもっとも重要なポイントだと思う。

橋の大半はアーチ アムステルダム

都市の全域が海面より低い干拓地であるから、運河と排水ポンプを市民は本当に大切にしている。舟運を前提としているから橋の大半はアーチ式だ。アーチ部にはイルミネーションが施されていて、夜景が美しい。昼間は視線が低いのが災いして、運河沿いにずらりと駐車しているクルマのお尻ばかりを眺めることになる。それでもところどころ運河の壁面に花が飾ってあり、オシャレなボート住宅が並ぶさまなど、楽しさの演出はさすがに見事である。

中世の面影を残して ブルージュ

中世の面影をよく残すベルギーの美しい町。クルーズの時間は約半時間と短いが、街中をとうとうと流れる川と、アーチ石橋、そして重厚な歴史的建造物の数々、川辺の巨大な樹林に魅せられた。川沿いのテラスで、山盛りのムール貝とホップの効いたビール。これは絶品であった。

冬は「こたつ」付き 柳川

「どんこ舟」の運河クルーズに、冬は「こたつ」がつく。船頭さんが竹ざおで押しながら町のいろいろな話をしてくれるが、さしてドラマチックな話題はないから、終始淡々と語るその語り口がなんとものどかだ。ご当地出身の北原白秋は「柳川はブルージュと同じ『廃市』である」と表現したが、「柳川堀割物語」で知られる広松伝さんら市民の懸命な努力で、かつてのドブ川は今美しく蘇り、どっこい柳川は生きている。

最近、柳川の堀割を「どんこ舟」で行く婚礼の風景をしばしば見かけるという。打ち掛け姿の新婦が、新郎の待つ船つき場まで行き、神社で式を挙げ、ふたたび舟で披露宴の会場に向かう。川沿いの人々から祝福の拍手。バックの音楽は瀬戸の花嫁?ではないと思うが、のどかで華やかで楽しい風景。地味すぎて今ひとつ人気の出ない尼崎の運河のイメージチェンジに、「運河結婚式」をぜひ実現したものだ。

人の暮らしと共に 紹興

中国の水の都といえば蘇州が名高いが、これに負けず見事な水路と町並みである。田舟のような感じの小さな遊覧船の船頭さんが、中国でヒットした「四季の歌」を美声で聞かせてくれた。人々の暮らしは、まさに運河と共にあり、野菜を洗ったり、洗濯したり、魚を釣ったり、泳いだり。魯迅の出身地であり、記念館でその偉大な足跡をしのんだりと、足は紹興酒の酒場に向かった。

まさに歴史の重み パリ

ポンデザール(芸術橋)のそっくりさんを鴨川に架けようと発想するぐらいパリ崇拝者の多いわが国だから、おそらく隅田川や大阪で走るリバークルージングのおしゃれ船のデザインもセーヌ川を行き交うクルージング船を模したものであろう。ノートルダム寺院やルーブル美術館、プンヌフなど重厚な外観の建造物郡のなかに、あのおしゃれ船が登場すると、逆に歴史の重みを感じさせてくれるのがパリである。だが、日本で真似するとどうしても無理やり作ったテーマパークといった感じが抜けないのが悲しい。

3日間有効パスで ストラスブール

ドイツとの国境の町ストラスブールは、フランスでは片田舎だが、ECの首都として、いまや全ヨーロッパの中心であり、3日間有効の「ストラスブール・パス」(約1000円)で乗れる。このチケットは博物館の入場料、貸し自転車半日、その他のサービスが含まれていてお徳用。解説はフランス語、英語、ドイツ語の3ヶ国語ある。閘門での船の移動を体験できるのが興味深く、その操作風景を観光資源にしていた。

生産現場見る観光 デュイスブルグ

ドイツ・ルール地方と言えば世界的に有名な工業地帯であるが、重厚長大の落日とともに廃墟となった工場も多く、この地方の再生はドイツの最重要課題の一つでもあったが、1990年から10年間のIBA(国際建設博覧会)エムシャーパーク事業でもって、再生の方向が見えてきたとされる。直接予算は持たずに、各種の事業をコントロールして地域おこしを進めるという事業手法は、「予算なし」の言葉だけが一人歩きして、財政難に悩むわが国の地方自治体に強烈なインパクトを与えて、エムシャー詣でが相次いでいる。しかし大切なのは、その地に現存する資源をいかに活用するか、というアイディアである。どぶ臭い運河を走り、両岸にくず鉄置き場や鉄鋼工場の間を悠々と行く運河クルーズは、普段めったに目にすることの出来ないダイナミックな生産現場の光景そのものが観光資源になっている。ロマンティック街道の美しい町並みなどと比較したとき、まさに強烈だが結構面白い。これこそ尼崎に使えるアイディアと思った。


片寄 俊秀

関西学院大学総合政策学部教授 尼崎南部再生研究室顧問