南部再生第3号:もくじ
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近くにありて親しむまち・アマ 〜素顔に触れる南部〜

 後ろを上げて「アマ」という。上品とはいいがたいけれど、どこか愛嬌のある響き。高校生までを和歌山で過ごした私が、この呼び名とともに尼崎というまちをはっきり認識したのは、確か大学生のころだった。

 「あたしはアマ育ちやからな、ちょっとくらいのことではめげへんで」。こう言って、生活のすべてに介助が必要な身体障害者の友人が十数年前、西長洲町の自宅から独立し、一人暮らしを始めた。当時の私は大学二年生。彼女の心意気に感じ入ると同時に、アマという表現に力強さを感じたことを覚えている。

 西長洲町の彼女の自宅には、たびたび遊びに行っていた。家族そろって気軽に招き入れては、特別にもてなすでもなく「ご飯でも食べていき」と、本当に茶碗にご飯をよそってくれる。開けっぴろげな雰囲気がとても心地よかった。

三和市場のアジ

阪神尼崎駅から出屋敷まで続く長大な中央・三和・出屋敷商店街。最盛期に比べれば、人が減ったとはいえ、まだまだ元気だ。

 昨年春、尼崎市を担当することになった時、真っ先に思い浮かべた「アマの姿」はその友人と家族だ。でも、一記者として七松町の市役所を中心に仕事をしていると、ひとつの自治体としての表向きの顔にしかなかなか触れられず、忸怩たる思いを抱えていた。

 そんな迷いを吹き飛ばしてくれたのが、ある日の夕方、ふらりと立ち寄った三和市場だった。一歩入ったとたんに「お姉ちゃん、今日の夕飯、決まってるか。このアジ、安いで」と声が飛ぶ。「お姉ちゃん」が私だと気づくのにワンテンポ遅れたけれど、そこにはまぎれもなく、「アマの素顔」があると感じた。

工場を取材して

 こんな親しみやすさとともに「アマ」を形成する重要な要素が、良くも悪くも工業だろう。小学校の教科書で見た、もくもくと煙を吐き出す煙突群の写真。あの光景は、産業構造の変化や公害根絶に向けた運動の成果で、もはや過去のものとなっていた。

 アマの工業地帯はすっかり自信を失っているんだろうか。

 気になっていた矢先、臨海部にある「住友シチックス」の工場を取材する機会に恵まれた。チタン原料の製造では共産圏を除いて世界一の生産高を誇り、スペースシャトルやH2ロケットにも使われる。

 「尼崎の地から世界の素材を出している。胸を張ってそう言おうと、いつも仲間と話してるんです」。技術者チームのリーダーは、穏やかながら熱のこもった口調で話した。同社に限らず、日本や世界でトップレベルの技術を持つ中小の工場が、地道に製品作りを続けていた。

逆境をパワーに

 一方、工業地帯と国道43号線、阪神高速道路の「三つ揃い」を背景に持つ地域の住民が、この逆境を十数年かけて国を動かすまでのパワーにつなげたのは周知の通り。尼崎公害患者・家族の会の松光子会長はじめ女性陣が先頭に立って、他地域の運動団体と連携しつつ一味違った個性を放つあたりには、「アマの底力」を見たように思う。

 こうして約一年間、尼崎南部地域を歩いた私の実感は、「アマは遠くから眺めているより、飛び込んでしまうに限る」。気取らず見栄を張らず、素顔でつきあいたいまちだ。

辻 美弥子(つじ みやこ)
読売新聞記者 1967年生まれ。90年、読売新聞大阪本社入社。高松総局、生活情報部を経て昨年、阪神支局で尼崎市を担当、アマにはまる。現在の持ち場は大阪地裁。大阪市内の自宅から地下鉄御堂筋線1本で通勤していると、時々阪神電車が恋しくなる。