南部再生第2号:もくじ
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ソースと鉄板のある街・尼崎 my鉄板&地ソース

 誇らしげに「僕の街やったらフクスケがある」と、尼崎で生まれ育った知人に自慢されたことがある。彼の子供時代からの行きつけのお好み焼き屋さんの味である。そのお店でもソースが売っていたから、常連たちは誰もがその聞きなれないブランドを知っていたのである。地ソースというのは、このように街のお好み焼き屋で出会うものだ。パソコンやインターネットやスーパーマーケットで知るものでなく、それでは面白くないし、おいしくもない。そしてそんな地ソースのある街は魅力的なのである。ソースのない街に生まれ育った僕からすればなおさらだ。現在、尼崎ブランドのソースはなんと5つもあるのだ。おそらく尼崎市民であってもそのことを知っている人はほとんどいなかったと思う。これも尼崎の懐の深さであり、まだまだ隠れた資源が埋もれている街だ。それゆえに将来的には単に名産と宣伝して騒ぐのではなく、さらなる成熟を図る努力と戦略が必要である。

 次に尼崎の地ソースに出会ったのは武庫川の向こう側の甲子園球場であった。聞きソースが自慢である僕の鼻に、このソースは反応しなかった。「こんな味 知らない」。どうしても気になったので空になったソースの器をゆずってもらったのだが、そこに張られたラベルが印象的であった。色鮮やかな太い縦じまに、またネーミングもワンダフルなのである。

 地ソースとの出会いは思わぬところでもあるのだ。ところが遠い街でも、この尼崎のソース、といっても元尼崎のソースと遭遇したことがある。弁当箱の中だった。全国チェーンのお弁当屋さんが使っている。あの小さな袋に封されているものだ。このソースの会社は現在、伊丹に移ってしまっているが、元々、昭和30年代は元浜で作られていたものだ。

 こうして他所に移ってしまったソースがある一方で逆に他所から移ってきたものもある。それまで西宮にあった「トキワキンシ」「オトヒメ」の二つである(今はフクスケと同じ店が販売している)。なかでもこのオトヒメのラベルは全国的に見ても特記されるものだ。とにかく印象的なラベルである。そのマークは、オトヒメなわけであるが、その女性がブタの上に乗っているというデザインなのだ。このブタオトヒメは一度聞いても見ても忘れられない。個性的なソースが尼崎には集まっている。尼崎にはそうした懐がある。

 今日、尼崎からは5つのブランド(フクスケ、オトヒメ、トキワキンシ、ワンダフル、やぐるま)が、でているが、かつては他にも個性的な味があった。このことはまた次回に報告したい。こうしたブランドの数では、ソースの多い神戸市にはとどかないが、尼崎にはそれに次ぐ懐をもっている。またワンダフルが生まれる樽は希少な木製であり、他ではみられない文化財的なものである。文化財というよりも現役の生きたものである。

 更に、僕が尼崎の文化財と思うのは、「鉄板」である。これは家庭用のお好み焼き用のことで、ホットプレートがない時代、各家庭が知り合いの鉄工所でつくってもらったやつだ。尼崎の家庭には結構この手のものがある。鉄鋼の街・尼崎の一面がここにある。それが大切にmy鉄板として一家団欒の舞台となってきたのだ。お好み焼きの良さは街や家族に会話をプレゼントするものだ。僕の好きなお好み焼き屋さんとは、鉄板一つの店であり、そうした店が地ソースの味を育んできたのである。そうした店は戦後の街の井戸端会議上として無数の会話を育んできたのだ。家と店が一緒になった300・400円代でお好み焼きが食べれる小さな店である。これからも尼崎の地ソースと鉄板でもって街中に会話が広がっていくことに、僕も地域計画家としてお手伝いできるように頑張りたい。

資料提供:ナニワ食産株式会社、ハリマ食品株式会社


三宅 正弘(みやけ まさひろ) 地域計画家・工学博士
1969年芦屋市生まれ、三宅正弘環境デザイン研究所を経て現在徳島大学助手、また武庫川女子大学非常勤講師、関西学院大学非常勤講師。各地の地域計画を手がけ、またケーキやお好み焼きといった食文化からまちづくりを展開している。雑誌「あまから手帖」にも連載中