フード風土 62軒目 Pho Co
よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。
フォーは国境と文化を越える
ベトナム料理の定番フォー(米粉の平打ち麺)を初めて食べたのは30年前、震災直後の神戸だった。当時、ベトナム人コミュニティをよく取材していて、彼らが集まる教会やテント村で、その味に出会った。
被災した彼らの中には屋台で商売を始める人もいた。あれが日本におけるベトナム料理の勃興期だったのかもしれない。
というわけで、今回は尼崎の人気店の一つ、「Pho Co(フォーコー)」を訪ねた。
グェン・ヴァン・タンさんとチュ・ティ・ビック・ゴックさんの夫婦が開店して3年目。2人は10年余り前、日本語留学生として来日。福岡、岐阜、神戸などで働きながら、いつか店を持ちたいと準備してきた。
「わたしのふるさとはナムディン。そこがフォーのふるさとです」とチュさん。調べると、首都ハノイに近い北部の街。しかも、実家は祖父母の代からフォーの店をやっているそう。
「(創業して)40年ぐらい。名前はこの店と一緒の『Pho Co』です。Coはお父さんのおじいさんの苗字」
つまり、フォーの本場の店で生まれ育った三代目が、結婚した夫と留学先で海外支店を出した、みたいな話なのだ。


店を尼崎に決めた理由は「食材が安くて、人が親切。大阪や西宮から買い物に来るベトナム人も多いです」とチュさん。「焼肉バンミー」は500円
牛肉のフォーと鶏肉のフォーを、それぞれ半チャーハンとのセット(ともに880円)で頼み、2人でシェアした。
あっさりしているが、だしの味わい豊かなスープ。柔らかく喉越し滑らかな麺。対照的に、チャーハンはカリッと揚げたような食感で、ベトナム独自の香味油がよく効いている。
「スープは豚骨と牛肉の骨で取ります。チャーハンも作り方は全部ベトナムと同じ」
ただし、パクチーが苦手な人が多い日本向けにネギや玉ねぎに代えるなど、微妙な調整はしている。よく見れば、器は龍の図柄のラーメン鉢だし、そもそも半チャンセットというのが日本の町中華っぽい。
「そうそう。ベトナム人はフォーかチャーハンどっちか。でも、お客さんによく言われる。『なんでセットないんや』って」と楽しそうに笑うチュさん。
フォーやバインミー(ベトナム風サンドイッチ)は、フランス植民地時代の影響で成立した料理と言われる。それが尼崎で中華と混ざり、街に溶け込む。国境を越え、文化を越え…。30年の歳月が生んだローカライズ(現地化)の面白さである。
62軒目 Phở Cồ
神田中通2-25-2
10:00~14:00 17:00~21:00
土日は10:00~21:00
TEL:090-3681-4912
取材・文=松本創 開幕前に出版した『大阪・関西万博「失敗」の本質』(ちくま新書)をよろしくお願いします。