サイハッケン 総合文化センターに結婚式場があった。

明日誰かに話したくなる尼崎南部の知られざる話題をご紹介。情報も募集中!

大理石の壁に書かれた「壽」の文字は、宮田良雄尼崎市長(1994~2002)による書。ゴージャスな空間が時を止めて保存されている。

結婚式場の紹介パンフレットでは、神前式のための神殿が紹介されている。

車や人の流れが絶えない国道2号。庄下川を渡る玉江橋の東詰に建つ、9階建ての茶色のビルディングは尼崎市総合文化センター。昭和50年のオープン以来、尼崎の文化芸術の殿堂として「総文」の愛称で親しまれている。鬱蒼とした木々を懐に抱く古株のビルは、まちの移り変わりを見つめてきた。

そんな総文に、謎の開かずの間があるらしい。という噂を聞き、さっそく訪ねてみることに。同館を運営する尼崎市文化振興財団の総務部長の岡田さんにお伺いしたところ「ああ、9階の結婚式場のことですね」とあっさり。ちょっと見せてください、と無理にお願いして、エレべーターも止まらない秘密の最上階へ。

「壽」と刻まれた輝く大理石の壁、人気のない式場や写真室、親族控室、赤い絨毯など贅沢な設えが当時のまま残され、まるで時が止まっているかのよう。「ここでは平成12年まで婚礼事業を扱っていました。2万2千組のご夫婦にご利用いただいたんですよ」と岡田さん。当時、市内で挙式できる総文は大人気。神前、仏前、教会式に対応し、多い年では年間1400組が挙式した。1日3回転でも追いつかず、申込を抽選制にしたこともあったとか。総文でお世話になったご夫婦は、まだまだ大勢いらっしゃるはず。

ドル箱だった総文での婚礼も、ニーズの多様化や近隣のホテル建設などの影響を受け、徐々に利用が減り営業を終了。高度成長期を経て飽和状態の尼崎と併走でフル操業した婚礼事業は役割を終え、その式場は庄下川を見下ろす最上階でひっそりと息を潜めている。

ところで、総文には今でも、そんな懐かしい時代の雰囲気が味わえる空間があるらしい。当時、披露宴で賑わった8階の宴会場は、華やかな柄の絨毯やシャンデリアなど、昭和感漂う意匠で溢れている。ケータリングを頼んで宴会にも完全対応。「お部屋も大小ございます。ぜひご利用を」と岡田さん。開館40年を超えた総文、これからも時代の変化を乗り越えて頑張ってください。

※取材は許可を得ています。総合文化センター9階への立ち入りはできません。


取材と文/伊元俊幸
薄すぎるハイボールを憂う中間管理職