フード風土 49軒目 志の

よそ行きの「グルメ」じゃない、生活密着の「食いもん」を探して、アマを歩く。
取材・文=松本創(本誌)

「呑み鉄」に捧ぐ居酒屋の絶品、治部煮。

『六角精児の呑み鉄本線・日本旅』というBSの番組がある。おっさん俳優がローカル線で全国を飲み歩くのだが、大仰なリアクションも、過剰な説明や煽りもなく、ただ杯を傾けつつ、店主や客と世間話をするという、酒飲みの日常をユルく切り取ったいぶし銀の旅番組だ。

うらぶれた港町や路地奥の、何の変哲もない居酒屋が特にいい。似たような場所は尼崎にも数多あろうが、たとえば、杭瀬の五色横丁。その中ほどにある[志の]あたりは最適だ。

と断言したが、初めての店である。「絶対気に入るはず」と連れられて行ったら、いや、まさに!と感激した次第だ。

一品料理は日替わりで、おおむね300円~800円。お任せは予算次第。この日は一人2500円ほどとお手頃。牛すじカレー煮込みやハンバーグなど和食以外の定番人気メニューも。

夕方早めに訪ねると、80歳の常連さんがカウンターですでにええ感じにやっておられた。月に2回、神戸から一人で来店、その日は特別に昼から店を開けるのだという。昔なじみを大事にする心遣いがいい。十三の会社に勤めていたという老紳士、「ここは、火事で焼けたションベン横丁に似て、好きな場所なんや」という。お話を聞き、ビールをおごられていると、六角精児になった気分である。

さて、熱燗を頼み、アテは店主の瀬戸口昌志さん(57)にお任せした。ここでは流れに身を任すのが一番いい。「20歳でこの道に入り、和食を中心にひと通りやりました」という瀬戸口さんのたたずまいに、そう直感した。妻のしのぶさん(58)と、杭瀬の駅ビルで長く手打うどん屋をやり、その後、尼センでとんかつと串カツの店をした。5年前に杭瀬に戻って開いた今の店の名は、夫婦の名前から一字ずつ取ったという仲睦まじさ。

鯛の子の煮付け。刺身4種盛り。地鶏のたたき。出てくるものが、いちいち酒飲みのツボを刺激するのはもちろん、奥さんがさらりと添える一言もいい。「上品な味なんですよ」「マスターが真心込めて作ってます」。

この日のメインは、淡路島のハモと奄美大島の松茸を使った治部煮。グツグツ煮立った小鍋をすくうと、松茸が豊潤に香り立ち、脂の乗った秋のハモとの相性も抜群。トロトロのあんかけが絡み、体の芯まで染み渡る。隣から「ええ匂いしてるわ」と、思わずのぞき込む老紳士。

熱燗と治部煮、常連さんのおしゃべり。それに、しみじみするほどの夫婦仲。六角精児は、ここへ飲みに来るべきだ。

いや、俺が「呑み鉄」となって通おう。阪神電車の鈍行で。


49軒目 志の

杭瀬本町3-2-8
18:00~1:00 不定休
TEL:06-6401-3373