神主のぶらり街歩き城下町編

※ふきだし内、地名の由来は『尼崎の地名』(尼崎市)より

「私ね、新尼崎城に住む権利があるはずなんです!」と目を輝かせるのは貴布禰神社の江田宮司。なんでも16世紀頃は現在の北城内辺りに鎮座していた貴布禰神社だが、17世紀はじめに尼崎城築城の際、西三の丸建設予定地に当たったため、移転を命じられたという。北城内といえばちょうど新尼崎城の天守閣ができる位置だ。そんな史実に基づいて居住権を主張する宮司としては、城下町の皆さん(民)の想いも気になるところ。宮司と一緒に城下町を歩きながら民の声を聞いてきた。

まずは貴布禰神社から寺町へ。11の寺が集まり、石畳が敷かれた風情あるまちなみだ。「文化財もたくさんあるし、本興寺の数珠丸とか、お城以外の地域の情報も一緒にアピールできるといいですよね」とすっかり城主気分で歩く。開明庁舎、ヒノデ阿免を訪ね、庄下川にかかる開明橋の交差点に差し掛かった。ここから見ると、中央図書館の左手奥に新尼崎城が建設されることになる。「お城が建つとずいぶん景色が変わるでしょうね、四層建てで20mを超えるっていうから、どのくらいの高さかな」とつぶやく宮司。その脇を学校帰りの小学生が走っていった。

ところで話を聞いてまわると「城?どこに?」という声もチラホラ、築城の話は城下に浸透しきっていないようだ。これには宮司も意外だったようで「まず小学生全員の社会見学は必須やね」と話す。それこそ貴布禰神社の神主さんが住む城となれば話題になるのは間違いなし。最上階ペントハウス付き天守閣、3LDKくらいになるだろうか。家賃が気になるところだ。

開明橋で通学見守り中のおじさん
「子どもたちが毎日通学する背景にお城があるなんて、いいですね~、楽しみです」
ヒノデ阿免の久保明さん
「せっかく「城内」という地名が残ってるんですからね。そりゃお城がまたできるといいなと思ってましたよ。包み紙にもうちの店から見た尼崎城の景色を描いていますからね。店のマーク、何かわかります?お琴の「琴柱」です。尼崎城が別名琴城と呼ばれていたことに由来します。そりゃあ嬉しいですよ」

尼崎市役所開明庁舎ではたらく職員のみなさん
市内で唯一、城下町に居を構える支所の職員さんの想いはいかに。「このエリアの画期的なモニュメントになるでしょうね。でもただの観光施設ではなく、地域の人のハレの場になってほしいです。城を中心に地域が連携して、外から来る人をお迎えできるといいですね」

仏壇店の田中衣子(きぬこ)さん
「え?また城が建つ?しかも2年後?私もどうなってるかわからんわ~、若い人たちにお任せします」と語るのは94歳の田中のおばあちゃん。
本興寺が新たな聖地に!
年に一度、宝物殿の寺宝が一般公開される虫干会。例年100人程度のところ今年は3000人が押し寄せた。お目当ては「数珠丸」という刀。人気ゲームのキャラクターになっているそうで、忍たまブームに続く新たな聖地巡礼地が城下町にも誕生した。

みなさんお城ができますよー!
江田政亮(えだ まさすけ)

だんじり祭り、地域寄席…いつでも尼崎人にオープンなお社きふねさんの第17代宮司。