THE 技 捨て身の覚悟で伝統を守る

ものづくりのまち尼崎に息づく匠の技の数々。最先端技術、職人技、妙技、必殺技…。
アマから繰り出されるワザに迫る

辰己太皷会
毎年8月1日・2日の貴布禰神社の夏祭りで見ることができる。

貴布禰神社の夏祭りが近い。8基のだんじりが各町から集う「山合わせ」が有名だが、宮入りの先陣をきるのは、だんじりではなく辰己太皷。そこに、知られざる技がたくさん隠されていた。

胴回り76センチもある大太鼓を4本の柱に結び付け、8メートルの棒鼻2本で担ぎ上げる。「引き回していると手を合わすおばあちゃんもいてはるんですわ」というのは辰己太皷会の藤井真治さん(39)。威勢のいいだんじりも彼らに出会うと鐘や太鼓を止める。「辰己太皷は神様の使いとして崇められ、別格なんですよ」と同会の柏原睦さん(39)も誇らしげだ。

宵宮8月1日の午前9時、東本町の辰巳八幡神社を出発。「サーリャーハーチョー」の掛け声で、清めの太鼓を打ちながら進む。打ち手の4人は「役打ち」と呼ばれ、主に10代で家庭を持たない童貞の若者から選ばれるのが流儀だ。命を落とす危険もあり、身にまとう白装束は、死に装束だともいわれている。

最大の見せ場は午後7時30分からの宮入り。厳かに練り歩いていた太鼓が「暴れ太鼓」に変身する。まずは前方を下げ神社に一礼、そのまま大きく前後に揺さぶる。さらに左右に横倒しを繰り返す。担ぎ手は「負ケタカ、負ケタカ」の掛け声で役打ちを振り落とそうとし、役打ちは「返セ、返セ」と挑発し打ち続ける。いわばケンカだ。

中でも注目は、役打ちのたすきを握り支える「たすき持ち」と呼ばれる男たち。捨て身で仲間を守る危険な役目はなり手も少ないが、「伝統ある祭りを自分たちの代で絶やすことはできん」と20年のベテラン、柏原さんがその任にあたる。観客熱狂の見せ場は、熟練の技が支えていたのだ。


取材と文/岡崎勝宏(おかざきかつひろ)
1971年尼崎生まれ。工業デザインを志し、気がつけば建築の深みへ、アマ発の建築を考える。