尼的観光地図(マップ)第4回【築地界隈】

尼崎南部を旅人気分で歩いてみた。

江戸の築地にも負けてない 震災を乗り越えた心意気

先日、東京の築地へいってきた。いきのいい魚や競りの声が飛び交う魚市場を満喫した旅行だった。そういえば尼崎にも築地という地名があったような…期待を胸に歩いてみた。

阪神尼崎駅から南へ10分、国道43号を越えると、そこは区画整理された真新しい住宅街だった。近くの中在家町には戦後まで魚市場があったというが、面影はほとんどない。立ち寄った酒屋さんによると「震災ですっかり変わりました。残ったのは初嶋大神宮と福井さんのとこくらい」という。

その「福井さんのお宅」はすぐに見当がついた。さっき歩いてきた道沿いにただならぬ風格の建物があったからだ。震災後も外観を残したまま移築したという江戸時代の町家は地元のシンボル的存在。瓦屋根のマンションなどにも影響しているようだ。「初嶋大神宮」も、本殿や拝殿の細部に江戸時代からの姿が残る。社務所の方が親切に案内してくれて、多くの住民の寄付で修復されたことが分かった。

魚にも昔の町並みにも出会えなかったけど、江戸時代からの歴史を守る築地っ子の心意気は、江戸の築地にも負けてなかった。

① 福井邸
今も残る震災前の住宅。立派なたたずまいに江戸時代の雰囲気が。
② 細部に宿る歴史
震災で本殿が約1.5m沈下。それを持ち上げ、基礎をがっちりRC造で支え再建した。拝殿の木鼻は江戸時代のもの。
③ 集合住宅もすごい
建物の外観には、中2階の格子窓を思わせる装飾も。
④ 埋立たから「築地」
埋め立て地だから「築地」。琴城橋のほか、5つの橋が架かる。
【アクセス】阪神尼崎駅から南へ徒歩10分

旅人が(独断で)つけた通信簿

築地の随所にある看板では、城下町だった時代や震災復興の様子が紹介されている。コミュニティ道路を設けるなど、住民参加のまちづくりが活発である。


尼の旅人:出口寛子(でぐちひろこ)
地図を片手にカメラを構える怪しい人間がいても優しくしてください。