つくらないまちづくり 第6回 巨大空間が生まれ変わる
新たに施設などを作らずに、地域にある資源を上手く活用したまちづくりを毎号紹介。
横浜の「ドックヤードガーデン」に座っているとイタリアのコロッセウムにいるように錯覚する。ドック(dock)と聞いて「あの43号線の南でよくキャンキャン吠えている…」とボケないでいただきたい。今回はドックの偉大さについて語ってみたい。
ドックとは船舶の修理場のこと。30代以上は一度は経験ある人間ドックの由来もここから。一般には今ひとつ馴染みが薄いが、とりあえず現役のドックが見たければハーバーランドに行って欲しい。川崎重工のドックがあり、よく潜水艦が停泊している。
海運が盛んになるにつれ、明治の頃から全国各地で建造されてきたドックだが、近年では造船事業が海外に移転する中、次々と姿を消していった。ところが、あるプロジェクトのおかげで、ドックは名前を知られるようになる。
実は、日本で最も著名な産業遺産活用事例とも言われるのが、冒頭の「ドックヤードガーデン」である。これは明治29年に建造された現存最古の民営石造のドックを、みなとみらい21地区の整備に併せ三菱地所が保存改修を行い、イベントスペースとして再利用した施設である。
ドックはちょうど船が入るために、すり鉢状の形状をしており、周囲は細かい石の階段で囲まれている。この形状を利用し、コンサートなどのイベントスペースを生み出した。周囲の階段はそのまま観客席となる。
三菱地所がドックを公共空間に生まれ変わらせたのは平成5年。当時は歴史的建造物の都市景観への利用はまだまだマイナーな時代で、同社の判断は先進事例として大いに注目された。もちろん今では、江戸末期にいち早く開港した横浜のイメージと重なり、風景にとけ込んでいる。いや、とけ込むというより、横浜そのものを現す空間である。
産業遺産としての他のドックを見たければ、長崎市の旧小菅修船場や横須賀市の浦賀ドックがある。跡地を工場団地として蘇らせた大阪市のナニワ企業団地も有名。
加えて、石川島播磨重工業が東京都内の大型ドックとしては現存最古といわれる同社旧東一工場ドックを産業遺構として保存しつつ、同地区の再開発が行われる予定である。跡地が将来どういった姿になるかはまだ不明だが、ドックヤードガーデンに次ぐ大型案件で、非常に楽しみである。
何も寺や古墳だけが遺産ではない。地域と一緒に働いてきた工場だってドックだって、立派な遺産。跡地を再開発する際、建造物を産業遺産として残し、わざと無駄なスペースを造ることはデザインの世界では当たり前。それこそベタだが、住民が犬(ドッグ)を連れて散歩できるようなスペースとしてドックが残ってくれればと、切に願う。
齊藤成人●さいとうなるひと
日本政策投資銀行調査役 最近、イタリアの地域金融についてのレポートを執筆。関心の在る方はご連絡を